大貴先輩がいなくなってから3年。私達は大人になり、今日……この学校を卒業した。
あの頃の私達は、いつだって3人一緒だった。圭人に私、そして……裕翔。
なのに、今ここにいるのは私と圭人だけ。いつだってどんな時だった一緒だった私達の平凡な日常は、一体どこから道を外して行ってたのだろう。今になっては検討もつかなかった。
あの日、動揺していた私は言えなかった。私達を繋いでいた、「またね」の合言葉。あんなに何度も何気なく交わしていたのに、最後の最後で言えずに彼は行ってしまったのだ。
ねぇ、先輩。
もしもまた、出会えたとしたら―――。
私は迷わず貴方にこう言うだろう。
“また、会えましたね”と。
そして、その時。
彼の気持ち、私の気持ちが変わらなければ……。
風になびく私の髪に指を絡ませながら、彼はそう告げた。季節のせいだろうか。また、あの時のように私の心がキュンと締め付けられる。
やはり、神様は私に意地悪……かもしれない。
あの日、大貴先輩を見送ったあの日に私は、側で励ましてくれる彼にこう言ったのだ。
「もしも、卒業までに大貴先輩が帰って来なかったら圭人と結婚する」と。
なんて子供らしい馬鹿な約束だろう。今になってそう思ったとして、もう既に時効なのだけど。
圭人は私の頭に手を置くと、「心配しなくてもきっと逢えるよ」と私の不安を拭い取ろうとしてくれる。
ああ、私………。彼の優しさに、これまで何度救われて来ただろう。こんな彼だからこそ、私は。
まるで何かを思い出したかのように颯爽と校舎内へ踵を返した彼の背を、私は何気なく見送った。
こんな風に大貴先輩も送り出せたら良かったのに。なんて、今更過ぎるだろうか?
まだ肌寒いひんやりとした風が、私の身体を吹き抜けていく。大貴先輩と出会ったのも、こんな肌寒い日だったと思う。
あの日のようにまた、出会えたら。
もう一度……もう一度。
「あなたちゃん」
それはきっと、春に吹く風のせいに違いない。
何処からか懐かしい声が聞こえたような気がした。
「あなたちゃん」
ずっと待っていた。
優しくて、温かい………“彼”の声。
思わず私は声のした方へと身体を振り向かせた。ひらりひらりと舞う桜の花びら。それはまるで、彼の帰りを待っていた私のようで――。
道の真ん中に立っていたのは、3年前私の前から姿を消した彼だった。すっかり大人びてしまい、あの頃好きだった幼い雰囲気はまるでどこにも無かった。
突然吹き荒れた風に、ふいに視界が奪われた。とっさに左腕で顔を隠した私は、ふと両の目から溢れるものの存在に気が付き、悟った。
違う。
奪ったのは風じゃない。私自身の涙だ。
この日を……この時を、ずっと待っていた。
いつか先輩があの時のようにひょっこりと私の前に現れるこの時を。
照れ臭そうに笑いながら先輩はそう呟いた。留学の理由。もしも彼の告げたそれが本当なら、彼は私のために―――……。
何だかんだ言って、やはり彼は彼だった。何も変わらない。私が必死になって追っていた、あの頃の先輩のままだ。
あの名札には、続きがあった。好きですの下に書かれていたもう一つのメッセージ。思えばあれがあったから今も私は変わらず彼に恋をしていられたのかも知れない。
私達の間にサヨナラは必要無い。
だってほら。またねと言えばいつだってまた会えるのだから。
ずっと夢見ていた景色が、今――私の手の中に。
例えこれが夢だとしても、決してこのまま覚めないように。ほんの少しだけ、神様にそう願った私がいた。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。