私はあれこれ考えながら、腹を抱えてうずくまる金剛地先輩に駆け寄った。
口先が語彙力を失う前にまともな発言をする。先手必勝。
金剛地先輩が顔を上げる。さらりと前髪が揺れて、隙間から青い瞳が私を覗く。
私はその光景に既視感を覚えたが、既視感について追求する前に、胸がいっぱいになった。
美しさは罪、だが、罰を受けるのは周囲の人間。あまりに理不尽。
金剛地先輩は腹を抱えたまま、立ち上がった。
堂々たる金剛地先輩らしからぬポーズに、三年生の先輩たちが言ったことを思い出したが、すぐに頭から振り払う。
つまり、先輩はおなかで納豆を育てているということなんですね。
もしも自分の推しがおなかで育てたという体の納豆が販売されたら、私は。私は。
伊織、ごめん。私もう、私で私がわからない。私がゲシュタルト崩壊する。
屋上であんなにいいこと言ってくれたのに、本当にごめんね。
そうだ、本題はそれだった。
でもちょっと待ってください、もう口先どころか、思考の語彙力も飛びかけています。
心の中で大きく吸って吐いてを繰り返す。落ち着け、落ち着くんだ、私!
伊織の言葉には諦観が詰まっている。
金剛地先輩といるときだけ、不思議なまでに伊織はいつもの伊織じゃない。
そして私もいつもの私じゃない。
金剛地先輩には不思議な力があるというか。魅力的な外見と美声があるというか。ダメ無理死ぬ。スーハースーハー。
やめてくださいそんな風に言われたら絶対服従してしまいます!
私の手は素早くポケットのスマホを取り出し、RICEアプリを開き、システムメッセージからの勧誘にOKを出した。
伊織ごめん、本能には逆らえないの!後ろめたい気持ちもあるけど、オタななじみならわかってほしい。
だからそんなに悲しそうな顔をしないで。
言いたいことだけ言って、金剛地先輩は足早に生徒会室を出て行った。
噂に聞いた過去などみじんも感じさせないほどの行動力だ。ダメ無理死ぬ。
× × ×
伊織は私の行いを力強く否定する。
いくらオタななじみでも通じ合えない部分はあると痛感しながら帰路を行く。
× × ×
伊織と別れて自宅。妹とは顔を合わせたくないので、急いで部屋に向かい、スマホを確認する。
今までは家族や伊織から一桁の着信程度だったのに。この熱意は金剛地先輩か、金剛地先輩なのか。
今いきなり開くのは正直怖い、怖すぎる。
私は一端現実逃避するため、今まで封印していた二次元アイドル育成アプリのアイコンをそっと指先でつついた。
品のある艶やかな声でCV.冷川大輔さんのキャラがタイトルを読み上げる。
この地球に生きてて良かった。
スマホ画面をタッチしてマイページを開く。私を見上げる金髪碧眼CV.冷川大輔さんの超絶イケメン。
声は違うけどこの構図、今日、現実で見ましたよね?あれ?
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!