藤花は部屋の外の伊織に思いっきり色っぽい声で言ってから、くるっと回ってドレッサーに駆け寄った。ぐちゃぐちゃになったメイクを急いで落としてる。
ってか、ちょっと待って。これ私が変な勘違いされない?
私も何か言わないと……!
まともに語彙力を失った!何にも思いつかない!
この状況で伊織に何を言って良いのか、本当にわからない!
我が家の階段を駆け上がる音が響く。
いらっしゃいましたね、金剛地先輩。……嫌な予感はいつも当たりますね!
金剛地先輩が部屋のドアをがばっと開いた。最悪オブ最悪だ。
私は語彙力喪失したまま立ち尽くしてる。意味深なことを言った藤花はドレッサーの前ですっぴん。
めまぐるしい。笑顔が眩しい。あと私は何も食べてないんですけど……。
藤花はドレッサーに顔を伏せてる。当たり前だ、こっちに好きな人いるもんね。
すっぴんなんか見られたくないよね。きっと、一番良い自分を見てほしいよね。
× × ×
伊織の家は私の家の隣だ。
金剛地先輩が大きな視点から説教をしている間、私は伊織になんというべきか真剣に考えていた。
伊織も藤花も苦しめた私が最初に言うべきこと……。
思いついた言葉を口にした。その瞬間、伊織の表情は蜂にでも刺されたみたいに歪んだ。
表情とは反対に、諦観という言葉がよく似合う穏やかな声だった。
もっとマシな言葉をかけたかった。でも、今の私にはわからなかった。
私は伊織とどうなりたいんだろう。考えるとお腹のあたりが重くなって視界が暗くなるような感じがする。
× × ×
金剛地先輩は納豆オムレツのお礼と称して私をコウエツキナーゼに連れてきた。
二〇〇円までなら好きなお総菜をおごってくれる、らしい。
金剛地先輩、学校ではひどいこと言われたりもしてたけど、バイト先のコウエツキナーゼでは好かれてるみたい。
いつもと違う金剛地先輩の柔らかい態度を見て、なんかちょっと安心……っていうかドキドキする。
いつもはきつい表情が和らいで、優しさを感じさせる。……カナ。
やめて、起きないで、カナ発作!今はダメ!ここは公共の場なの!
え、あ、はい?今なんと仰いましたか奥様。
金剛地先輩も何か返事してくださいよ。出来れば否定でお願いします。お願いしますカナァ!
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!