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第5話

ひみつの伊織くん
 伊織は、へたくそが過ぎる歌声を廊下に響かせている。

 本当にこんなんで納豆同好会への勧誘なんて成功するの?
徳武伊織
徳武伊織
ってかさ、悠香も一緒に歌おうぜ。ピッチもリズムも完璧なんだしさ
 納豆同好会より、私の勧誘始めてるし。
早見悠香
早見悠香
自分は歌下手なのにピッチだのリズムだの詳しいよね
徳武伊織
徳武伊織
そんな話はいいって!悠香なら、まい☆らいすオーデとか一発合格できると思うし受けてみろよ!
 中学の頃からず~っとしつこく毎日のように続けてた、まい☆らいすオーディションへの応募を強いてくるし。
早見悠香
早見悠香
私は二次元のイケボ男性アイドルが好きだから!現実の三次元アイドルとかいいから!
 私は立ち止まって鞄を漁り始めた伊織を置いて、速足で歩いていく。と、向こうから、仲良くなりたかったクラスメイトが歩いてきた。

 ……そう、仲良くなりたかったんだよ。すでに遠巻きにされているけど。
クラスメイトC
あ、早見さん。その、ちょっと聞きたいことがあって……
早見悠香
早見悠香
え、なな、なんでぃすか!?
 この子、爪とか制服とか気を使っているのが見て取れるし、絶対三次元の同年代男子が恋愛対象だよね?二次元のイケボ男性アイドルなんて存在すら知らない可能性あるよね?いや、でも隠れオタクの可能性だって捨てきれないし。

 ……だとしたら、この子はリア充女子に溶け込めてるし、完全に私の上位互換じゃない?神様は私に対して残酷すぎない?なんなの?私が嫌いなの?

 私のくだらない思考など知るよしもなく、仲良くなりたかったクラスメイト女子は、私に顔を近づけて、申し訳なさそうに小声で語りかけてきた。
クラスメイトC
その、徳武君が伝説のアイドル、真理子ちゃんの息子さんって本当なの?
早見悠香
早見悠香
は?
 それは本当だ。伊織は昭和のトップアイドル花柳はなやぎ真理子まりこちゃんと、彼女を支えた伝説の作曲家、徳武とくたけ清次せいじさんの息子だ。

 俗にいうサラブレッドだし、幼少期に何度かテレビに出ていたのも知っている。

 まぁ、歌に限らず伊織に芸術の才能は皆無で、マスコミにもすぐに飽きられてしまったんだけど……。
クラスメイトC
私のお母さんが真理子ちゃんのファンで……。その、早見さんは徳武君と仲いいみたいだから、知ってるのかなって
徳武伊織
徳武伊織
まい☆らいすい~とは~と♪良く噛んでね♪でんぷんわたしの甘み引き出して~!
 タイミングが悪い。伊織が黄色に光るペンライトを振り回しながら、全速力でこちらに向ってくる。

 この子と友だちになるルートがあったかもしれないのに、伊織の下手くそな歌声と力強すぎる足音が可能性の芽すら踏み潰していく。

 廊下は走っちゃいけない、とか注意する間もない。

 伊織は私の腕をガシッとつかんで、名前を知ることもできなかったクラスメイトの横を嵐のように駆け抜ける。
徳武伊織
徳武伊織
ヘイヘイ!私はマルト~ス!あなたのおかげで優しくなれたの~!
早見悠香
早見悠香
ご、ごめんね!!
 歌いながらペンライトを振り回す伊織に引っ張られ、走りながらも振り返り、名前も知らないクラスメイトに手を振る。

 リア充がどうこう以前に、普通に同性の友達ができる気配すら伊織に消される。悲しき。


 × × ×

徳武伊織
徳武伊織
とりあえずさ、クラスメイトはやめようぜ
 伊織のその言葉に泣く泣く従って、別クラスの同級生たちに片っ端から声をかけた。

 が、何の脈絡もなくまい☆らいすの曲を歌い出す、未来の私に捧げるとか言ってホウキでオタ芸をする伊織と、それに付き合う私、という構図がすでに学年全体に広まってしまっているらしい。

 別クラスの同級生達には、関わりたくないと直球で断られたり、他の部活に入部届け出したと目をそらしながら言われたり、ひどい場合は目が合った途端に走り去られた。

 廊下は走っちゃいけません、とはこの時ばかりは言えなかった。そうだよね、仕方ないよね。伊織がゴメンね。

 それにしても、噂が広がるの早すぎない?みんな、関わってもない他人の話ばっかりしてるの?
早見悠香
早見悠香
……どう考えても伊織がネックになってない?
徳武伊織
徳武伊織
気のせいじゃん?
 伊織はどこ吹く風といった様子で黄色のペンライトをぐるぐる回している。どことなく嬉しそうだ。本当にやる気あるの?
徳武伊織
徳武伊織
とりあえず、上級生に狙いを変更するか。金剛地先輩、あんなでも生徒会長だろ?
 と思ったら急にまじめな思考になった。そんなところで緩急付けないでほしい。
徳武伊織
徳武伊織
その求心力を利用させてもらおうぜ
 あの、なんでだろう。

 何か心に引っかかるというか、嫌な予感がするんですけど……。