教室での朝の挨拶。いつもより穏やかな声だ。
私の心中は勿論穏やかではない。
恥ずかしさから勢いよく机に顔を伏せる。鼻を強打した。……ちょっと涙出た。痛い。
え?なんでこの教室で金剛地先輩の声がすんの?
そっか、金剛地先輩の本性はまだ一年生には知られてないんだ。
このまま知られずに卒業できると良いなぁ、と他人事ながら思う。
で、なんで教室にいるんです?
声から伊織のとげとげしい気持ちが伝わってくる。
さすがに放っておくわけにはいかない。こんなところで何か起こったら三人仲良く痛手を負うことになるだろうし。
……涙が引っ込んだら顔を上げよう!
は?なんでこんなところでそんなこと言うカナ?
クラス中にざわめきが溢れる。ダメだこれさっさと顔上げて事態を収拾した方が良い!
あっ、勇気が足りない。クラス中の視線が集まってる。
ちょっと涙出るどころじゃない、ガチ泣きしそう。カナの気恥ずかしげな笑顔を思い出して耐えろ私。
……尊すぎて無理!!!
伊織、お前がそれを言うのか。
って言う資格は私にないから黙っておく。……今喋ったら泣いちゃいそう。
あっ、ダメだこれ。私が黙ってたら自動的に最悪な方向に話が進んでいくヤツだ。
私は意を決して、魔法の叫びを解放した。
全身に気合いと尊さと痛々しさがみなぎってゆく。
クラス中が沈黙する。廊下から忙しない無数の足音が聞こえた。
苦しい言い訳をする。伊織と金剛地先輩が沈黙したから目的は達成された。
された、けど。これ以上私を見つめないでください、クラスメイトの皆さん。
× × ×
昼休みに、伊織に呼び出されて屋上に向った。
もうクラスにいられないから、抜け出す理由が出来たこと自体はありがたいんだけど。
本当になんなんだろうね。あの時の先輩、契約を迫る営業さんって感じだったし。
答えられないっていうか、答えようがないっていうか。どう説明して良いかわからないっていうか。
えっ、そっちの方が絶対にヤバくなりそうじゃん。
って思った瞬間唇にキスされた。……あ、あれ?
伊織が頬を赤く染めて、私から目をそらす。
い、一番恥ずかしいの、私、なんだけど……?
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!