伊織から、唇に、キス。
ものすごく、ものすごく恥ずかしい……。
でも幼馴染なんだからやめて、なんて当然言えなくて。
伊織は私にすっとペンラを差しだした。
そんなことしなくても。
勇敢だと思うって言おうとして、口を噤む。
今の私が伊織の勇敢さを称えるのは、自分の卑怯さからの逃げだ。
もっと深いところ……本当の気持ちを少しでも見せないと私は多分一生このままだ。
緩んだ伊織の手からペンラがするりと落ちた。
腕に引っかけたストラップのおかげで、コンクリートの床に落下することもなくぶらぶら揺れる。
伊織が頬を染めながらも、少しかがんで私の顔を覗き込んでくる。
私は伊織に背を向けた。屋上を出て、恥ずかしいけど教室に帰った。
× × ×
自分がした恥ずかしい叫びの結果に耐えて耐えて耐えて、漸く放課後が訪れた。
クラスメイト達の好奇の視線は今に始まったものじゃない。
……金剛地先輩が教室に来なければここまで加速しなかっただろうけどね!視線痛すぎ!
伊織は納豆同好会の活動場所もとい生徒会室に来ないでくれと遠回しに告げた。
だからって自分の身に起きた問題を放置して家に帰るのはさすがにありえない。だから。
立ち聞きすることにした。
マナーが悪いのは百も承知。今更手段なんか選んでられない。
おそらく真っ赤になっているだろう顔を両手で覆う。
改めて本当に変な状況だよね、今。
リア充になりたいって言ってたときはなんとなくキラキラした女の子に憧れてただけだったのに、行き着いたのは生徒会長にプロポーズされて、幼馴染には遠回しに……こくはく、されて。
多分これも世間一般で定義するリア充の一種なんだろうけど、いざそんな立場になると、苦しい。
南風野さんボイスでこういうこと言われるの、二次元男性からだったら単純に嬉しかった。
でも、現実でそういうことを言われると、私は萌えることも受け止めることも出来ない。
伊織の勇敢さを称えるんじゃない、自分が勇敢にならないと意味ない!
伊織の声が震えている。怒りとか悲しみとか、そういった負の感情を堪えるように。
矢も楯もたまらず、私は生徒会室に乗り込んだ。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!