もはや私も伊織も勧誘の成功など期待していない。金剛地先輩の面白い話が聞ければいいだけ。
伊織はバッグからペンライトを取り出そうとしたが、それについてはさすがに咎めた。
その際、バッグの内側に見えた伊織の推しメンの缶バッヂには一切触れないことにする。
私と伊織はどうにでもなーれとばかりに、廊下の真ん中で輪になって座るリア充様ご一行に駆け寄った。
× × ×
派手な化粧の女性リア充様が隣を開けて、座れとばかりに床を手でたたく。
一年生と三年生は伊織の外見で騙せる程度には遠いらしい。伊織よかったね。私もよかったね!
リア充様方、今は醜い争いの時間ではありません、勧誘タイムです。
早速米とか言った伊織を手で制して、私が話を続ける。
冷や汗が背筋を滑り落ちる。
あっ、これ、よかったねが取り消しになるやつですね。
伊織は顎に指をあてて表情を硬くする。私は先輩方に見えないようにこそこそとスマホで「金剛地 倒産」を検索した。
見つかったものは、一年前に書かれた金剛地フーズという食品会社の記事と、そこに刻まれた倒産という単語。
ポロリと、口から声が漏れた。常に堂々とした態度の金剛地先輩とは全く結びつかない言葉だ。
リア充様方が、勝手に盛り上がる。リア充様方が、一斉に笑いだす。
私はなんだか悲しくなった。私が目指していたはずのリア充たちが、他人の不幸で大笑いしている。
悲しくて、なぜか悔しくて泣きそうだ。
下品な笑いの中で、きわめて静かな伊織の声だけが私を安心させる。
凍り付いたような表情の伊織は私の手を引いて、床に座って馬鹿笑いする人たちから離れていく。
もう関わりたくない人たちは、私たちの背中に声をかけてきた。
私も伊織も振り返らずに、階段を上った。
伊織の手に込められた力が、強くなる。
伊織の声には珍しく、本当に珍しく元気がなかった。
伊織と私がほとんど同じ気持ちだと思うと、今だけは少し安心できた。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!