第8話

忘 れ な い で 。
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2018/03/25 04:30
日が沈み、細く鋭い三日月が夜空に輝いていた。


退院前日の夜…颯くんから初めて送られたLINEは重くつらい内容だった。

『 黙っていようかとも思ったんだけど、やっぱり綾乃にはちゃんと薫のことを思い出して欲しくて…綾乃が失った記憶の1部だと思うから。伝えるね。 』

そんな言葉で始まった長い長い文章。
そこには、私とある男性の話が綴られていた。


私には薫という同い年の彼氏がいたこと。

颯くんは彼の双子の弟であったこと。

彼と私は事件当日、一緒にいたこと。

彼は私と一緒に襲われて、打ちどころが悪く、事件から数日後に亡くなっていること…


そこには颯くん…颯が知る限りの私達のことが書かれていた。
今まで霞みがかっていた記憶が鮮明になる。
それはまるで走馬灯のように頭の中を駆け巡る。

なぜこんなに大切なことを忘れていたんだろう。

あんなに楽しかった…幸せな日々を…薫を。


「…かお…る………薫………。」


頬に大粒の涙がつたう。

そうだ。薫と颯は一卵性の双子で、ほとんどの人が見分けがつかないくらいに似ていた。

けれど違うところが一つだけあった。

それは、薫はスポーツ万能だったのに対し、颯は少し身体が弱くてスポーツはちょっと苦手だった。


そしてLINEは

『これを読んで、薫のことを思い出してくれたのなら。つらいかもしれないけれど、薫のこと、忘れないでいて欲しいんだ。』

と締めくくられていた。


今まで忘れてしまっていてごめんなさい…
もう、忘れたくない。絶対に忘れない。


涙はまだ、とまることを知らなかった。



すると突然、ドアを軽くノックする音が聞こえる。

誰かが来た。

私は大粒の涙を慌てて拭った。

入ってきたのは星香だった。

「ごっめ〜ん、こんな遅くに!
明日退院だったよね?いっそいで来ちゃった♡」

手にはいつもより大きなスノードロップ。

「明日退院するのに…またこんなに…w」

「明日退院だから持って来たんだって〜♪」

そう言って勢いよく星香はスノードロップをいつもの場所に置いた。

「もしかして…泣いてた?
目の周り真っ赤だよ〜っ?」

今日の星香は夜だと言うのにいつもよりテンションが高かった。

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