日が沈み、細く鋭い三日月が夜空に輝いていた。
退院前日の夜…颯くんから初めて送られたLINEは重くつらい内容だった。
『 黙っていようかとも思ったんだけど、やっぱり綾乃にはちゃんと薫のことを思い出して欲しくて…綾乃が失った記憶の1部だと思うから。伝えるね。 』
そんな言葉で始まった長い長い文章。
そこには、私とある男性の話が綴られていた。
私には薫という同い年の彼氏がいたこと。
颯くんは彼の双子の弟であったこと。
彼と私は事件当日、一緒にいたこと。
彼は私と一緒に襲われて、打ちどころが悪く、事件から数日後に亡くなっていること…
そこには颯くん…颯が知る限りの私達のことが書かれていた。
今まで霞みがかっていた記憶が鮮明になる。
それはまるで走馬灯のように頭の中を駆け巡る。
なぜこんなに大切なことを忘れていたんだろう。
あんなに楽しかった…幸せな日々を…薫を。
「…かお…る………薫………。」
頬に大粒の涙がつたう。
そうだ。薫と颯は一卵性の双子で、ほとんどの人が見分けがつかないくらいに似ていた。
けれど違うところが一つだけあった。
それは、薫はスポーツ万能だったのに対し、颯は少し身体が弱くてスポーツはちょっと苦手だった。
そしてLINEは
『これを読んで、薫のことを思い出してくれたのなら。つらいかもしれないけれど、薫のこと、忘れないでいて欲しいんだ。』
と締めくくられていた。
今まで忘れてしまっていてごめんなさい…
もう、忘れたくない。絶対に忘れない。
涙はまだ、とまることを知らなかった。
すると突然、ドアを軽くノックする音が聞こえる。
誰かが来た。
私は大粒の涙を慌てて拭った。
入ってきたのは星香だった。
「ごっめ〜ん、こんな遅くに!
明日退院だったよね?いっそいで来ちゃった♡」
手にはいつもより大きなスノードロップ。
「明日退院するのに…またこんなに…w」
「明日退院だから持って来たんだって〜♪」
そう言って勢いよく星香はスノードロップをいつもの場所に置いた。
「もしかして…泣いてた?
目の周り真っ赤だよ〜っ?」
今日の星香は夜だと言うのにいつもよりテンションが高かった。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。