次の日曜日。
私はやや放心状態のまま、大河くんと水族館にいた。
ここに着くなり、大河くんはそう明言した。
それからというもの、心がふわふわして落ち着かない。
今日一日、平常心で過ごせる自信がない。
オープン直後でごった返す人の中を、はぐれないようにゆっくり進む。
カワウソがかわいいとか、イルカのショーを見たいとか、思うことはたくさんあるはずなのに、頭の中を占めているのは大河くんのことだった。
家族同然に思ってきた〝いとこ〟が、今は別人に見える。
席に着くなり、私たちは互いにしどろもどろになった。
よくよく思い返してみれば、日頃の料理のお礼だと、大河くんは言っていたはずだ。
大河くんが穏やかに笑う。
前はしていなかった表情を、このところよく見せてくれると思う。
好物のカツサンドを食べながら、大河くんは恥ずかしげもなく言った。
いつもなら、絶対に言わないのに。
大河くんの家は、伯父さんも伯母さんも料理に苦手意識があったのと、海外への出張も多くて、ほとんど外食か出前だったと聞いている。
その上、中学三年の時、大河くんは膝を痛めてスポーツができなくなってしまった。
体を動かしたくても動かせないので、食事には一層気を遣わなくてはならない。
知らない人が作ったものばかりを食べていた彼にとって、身近な人の『手料理』はほっとできるものだったのかもしれない。
ドキドキが、止まらなかった。
それから見た水族館の光景は、ほとんど覚えていない。
***
帰り道は、互いにあまり話さなかった。
家が近づくにつれて、口数も更に減っていく。
住宅地に入って人気がなくなると、大河くんは立ち止まった。
一陣の風が吹き抜けて、私と大河くんの髪を揺らす。
聞き間違いではなく、はっきりと聞こえた。
それは微妙なところで、私は首を傾げる。
大河くんは軽くガッツポーズをすると、私との距離を詰めた。
私が知っていた大河くんは、もしかすると別人なのかもしれない。
そう思えるくらいの衝撃に、私は立ちすくむことしかできなかった。
【エンディング分岐】
和泉と大河、どちらと美味しいご飯を食べたいですか?
・和泉→19話へ
・大河→20話へ
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!
転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。