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第20話

甘酸っぱい恋の始まり【大河END】
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2021/03/06 04:00
豊橋 七海
豊橋 七海
ねえ、もうそろそろそっち行っていい?
一ノ瀬 大河
一ノ瀬 大河
ま、待って! もう少し!

今日は勤労感謝の日。


その祝日にちなんで、私の家事は本日一日免除してもらえることになった。


家のことは渚たちに任せていて、私は大河くんの家に呼び出され、夜になった今はリビングのドア前で待たされている。
豊橋 七海
豊橋 七海
(いい匂いがする……。料理作ってくれたのかな?)

あの告白以来、大河くんは自分を頼ってほしいと、はっきり言ってくれるようになった。


今では、以前よりも甘えられるようになったと思う。


渚たちも一層自分のことは自分でこなすようになったし、私の負担もかなり減っている。


それでも、毎日の食事作りは骨が折れるので、こういった休みは嬉しい。

一ノ瀬 大河
一ノ瀬 大河
できた。
入っていいぞー
豊橋 七海
豊橋 七海
お邪魔します……。
うわ~、オムライス! 美味しそう!
一ノ瀬 大河
一ノ瀬 大河
調理器具が揃ってなくて、ここまでくるのに結構苦労したわ……
豊橋 七海
豊橋 七海
あはは。
伯母さんもそれは前に言ってた。
もう面倒でキッチンを全然使ってないって

大河くんは最近自炊を頑張るようになって、弁当や朝食、昼食作りは慣れてきたらしい。
一ノ瀬 大河
一ノ瀬 大河
自分で作るようになって、作る人の苦労が分かった。
七海、すげえな……
豊橋 七海
豊橋 七海
それほどでも
一ノ瀬 大河
一ノ瀬 大河
七海のほど美味しくはできないけど、今日は俺の成長も見ると思って、食べてくれると嬉しい
豊橋 七海
豊橋 七海
うん。
いただきます!

オムライスにスプーンを入れて開くと、半熟の卵がとろっと溢れた。


いつも自分で作るものとは、また違う美味しさがある。
豊橋 七海
豊橋 七海
美味しい……。
人が作ってくれたものって、こんなに美味しいんだ
一ノ瀬 大河
一ノ瀬 大河
なんだよ、褒めすぎ
豊橋 七海
豊橋 七海
本当だって!
食べてみたら分かる

大河くんは半信半疑で自分のを食べて、直後に「うまっ……」と呟いた。

一ノ瀬 大河
一ノ瀬 大河
え? さっき味見したときはこんな感じじゃなかったけど
豊橋 七海
豊橋 七海
それは……ほら。
ひとりじゃないし?
誰かと一緒に食べると美味しいってよく言うよね
一ノ瀬 大河
一ノ瀬 大河
……ああ、そういうことか。
七海がいるからか

口下手だったはずの大河くんは、水族館の帰り道で告白してからというもの、明確な思いを口にするようになった。


私は、まだあの時の返事ができないでいる。


今までの距離が近すぎたからか、大河くんをどう見ていいのか分からないのだ。
豊橋 七海
豊橋 七海
(でも、断るほど嫌ってわけじゃないんだ……。うーん、早く返事しないと)

大河くんといると安心するし、いつも見守ってくれて心強い。


一緒にいたいし、椿先輩に渡さないと言われて、ドキドキした。


でも、恋愛初心者過ぎて、何がどうなったら〝好き〟になるのか見当もつかない。


チキンライスのケチャップが甘酸っぱくて、ちょうどこんな気分だ。
一ノ瀬 大河
一ノ瀬 大河
なあ
豊橋 七海
豊橋 七海
ん?
一ノ瀬 大河
一ノ瀬 大河
明日から、俺はこっちで食べようと思うんだ。
自分で作って
豊橋 七海
豊橋 七海
……そうなの?
一ノ瀬 大河
一ノ瀬 大河
七海の負担も減らせるし

突然の提案に、私は複雑な思いを抱いた。


私に頼らなくていいように、彼なりに考えてくれたというのに――それは寂しいと思ってしまう。
豊橋 七海
豊橋 七海
大河くんが決めたなら構わないけど……。
千波と雷太は寂しがるかな。
私もちょっと、寂しいかも
一ノ瀬 大河
一ノ瀬 大河
家は近いんだし、夕方は今まで通り千波たちの面倒を見るよ。
……嬉しくないの?
豊橋 七海
豊橋 七海
……意地悪
一ノ瀬 大河
一ノ瀬 大河
えっ!?

善意で言ってくれたと分かっているのに、大河くんが私を寂しがらせているように感じて、思わずそう言ってしまった。
豊橋 七海
豊橋 七海
(ああ、そっか……。大河くんが私のご飯をたくさん食べてくれるのも、いつもそばにいてくれるのも、ずっと嬉しかったんだ)

気付かないうちに、彼の存在は私の中で大きくなっていたらしい。


「意地悪」と言われて狼狽うろたえている大河くんが面白くて、私は笑ってしまった。

豊橋 七海
豊橋 七海
ごめん、違う。
大河くんの存在が大事って言いたかった。
これからも一緒にご飯食べたい、です
一ノ瀬 大河
一ノ瀬 大河
え、それは……。
もしかして、いい返事をもらえる、のか?
豊橋 七海
豊橋 七海
それは、あと少し待って
一ノ瀬 大河
一ノ瀬 大河
あと少し、か……。
分かった。

……ん?
断るなら、そういう言い方しないよな?
豊橋 七海
豊橋 七海
…………!

大河くんが期待を込めた目でこっちを見ている。


私はチキンライスを飲み込んで、ケチャップと同じくらい真っ赤になった。


もうすぐ、甘酸っぱい恋が始まる予感がする。



【完】

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