冷たい手の主は、きっと渚だろう。
そう思って目を開けると、椿先輩の顔がすぐ近くにあった。
毛布をたぐり寄せて、咄嗟に身を隠す。
想定外の人物の登場に、私はすっかり混乱していた。
自分のスマートフォンは机の上に置きっぱなしで、充電もしていない。
きっともう、電池が切れてしまったのだろう。
確かに、昨日の昼から胸焼けは酷かった。
必死に隠していたつもりだったのだけれど、先輩にはお見通しだったらしい。
目を白黒させて慌てる私の様子がおかしかったのか、椿先輩はけらけらと笑っていた。
自分の格好を失念して恥ずかしがる私を、先輩は決して馬鹿にはしなかった。
やっぱりちょっと変わった人だと、初めて会った時からずっと思っている。
突如開いた部屋のドアから、大河くんが入ってくる。
椿先輩がいるのを認めるなり、彼は眉根を寄せて立ち止まった。
先輩の口を押さえようにも、咄嗟には体が動かなかった。
昨日という言葉を聞いて、大河くんは眉を動かし、何かに気付いた表情を見せる。
大河くんがまとう雰囲気が一気に重苦しくなり、怒っているのだと分かった。
渚が部屋に入ってきて、私は助けを請うように視線を送った。
けれど彼女はピリピリとした空気を察知してか、後からついてきた千波たちの手を引いて戻っていく。
大河くんがなぜ怒っているのかも、先輩が興味深そうに大河くんを見ている理由も分からない。
どうすべきか困っていると、先に静寂を破ったのは大河くんだった。
何も分かっていないのは、私だけだったらしい。
【第17話へつづく】
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!
転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。