第7話

大人気の椿先輩
2,472
2020/12/05 04:00

週が明けて、月曜日。


椿先輩は自分の弁当箱を持ってくるまで待ってと言ったけれど、早速食材の余りが出てしまったので作ってきた。


弁当箱は以前父が使っていたものだ。


朝のうちに渡せないかチャットメッセージで連絡してみたのだけれど、椿先輩はまた寝坊してしまったらしい。

椿 和泉
椿 和泉
『ありがとう。
めっちゃ嬉しい。
昼休みに必ず受け取るから』

そんな返事が届いているのに気付いたのが、まさに昼休み。


今からどこに持って行けばいいか聞こうと思った直後、二年の教室がやけに騒がしくなる。


悲鳴に近いような、芸能人でも目の当たりにしたかのような女子の黄色い声が響き渡った。

クラスメイト
クラスメイト
やばっ! 椿先輩が来てる!
クラスメイト
クラスメイト
え、なんでなんで!?

クラスの女子までもが、一気に騒がしくなって、私は面食らった。

豊橋 七海
豊橋 七海
(え、椿先輩ってそんな有名人なの?)

そういえば、金曜日も大河くんがそんなことを言っていた気がする。


私は彼の知名度も一切知らないで、のほほんとお弁当を分け合っていたのだ。

椿 和泉
椿 和泉
豊橋七海さんって子を探してるんだけど。
……あ、こっちのクラス?
ありがとう

そんな声が聞こえて、私は慌てて教室の出入り口のところに顔を出した。
椿 和泉
椿 和泉
あ、いたいた

隣のクラスの女子たちが、目をハートにしている。


そんな雰囲気の中で、椿先輩は私を見つけてにっこりとし、手まで振った。


この前はなんともなかったのに、酷く緊張している自分がいる。


周囲の視線を集める中で弁当を渡すなんて、一種の罰ゲームのようだ。

豊橋 七海
豊橋 七海
あ、あの……お、お弁当、です……
椿 和泉
椿 和泉
ありがとう。
味わって食べるね

しどろもどろになりつつ弁当を渡すと、椿先輩はとても嬉しそうに受け取った。


先輩の姿が見えなくなってから、一斉に女子たちが押し寄せてきた。
クラスメイト
クラスメイト
な、七海……。
ねえ、どういう関係!?
クラスメイト
クラスメイト
椿先輩と付き合ってるの!?
クラスメイト
クラスメイト
手作り弁当あげるとかずるい!
クラスメイト
クラスメイト
豊橋さん、どうやって先輩と知り合ったの!?
豊橋 七海
豊橋 七海
えっと、何て話したらいいか……

興奮状態の女子に囲まれて、恐怖まで感じていると、急に右腕を掴まれた。


大河くんだ。

一ノ瀬 大河
一ノ瀬 大河
……ちょっとこいつ借りる。
あと、全員落ち着け
豊橋 七海
豊橋 七海
た、大河くん?
一ノ瀬 大河
一ノ瀬 大河
こっち

教室の外へと引っ張られ、そのまま二年校舎奥の空き教室へと連れて行かれる。


何が起こったのか未だよく分かっていない。


ひとまず、大河くんが助けてくれたということは、辛うじて理解した。

豊橋 七海
豊橋 七海
何だったんだろう……いてっ

頭頂部に大河くんの軽い手刀が降ってきて、放心状態から少し回復した。

一ノ瀬 大河
一ノ瀬 大河
だから、七海の負担が増えるって言ったろ?
豊橋 七海
豊橋 七海
え……?

不満そうに大河くんはそっぽを向く。


負担が増えるとは、お弁当を準備する手間のことを言っていたのではなかったのか。

豊橋 七海
豊橋 七海
どういうこと?
一ノ瀬 大河
一ノ瀬 大河
あの人、この学校じゃ有名人だから。
弓道部の試合でも大量のファンが押しかけてた。
モテるのに彼女を作らないことでも知られてる
豊橋 七海
豊橋 七海
……!
それを先に言って欲しかった!
女子の嫉妬をかなり買ったかも……

血の気が引く。


明日になれば噂はほとんど広まっているだろう。

一ノ瀬 大河
一ノ瀬 大河
俺が言ったって、先輩と約束したなら作ってただろ?
豊橋 七海
豊橋 七海
うう、それもそうなんだけど……

彼の言うとおり、きっと作っていたはずだ。


大河くんが呆れ気味に溜め息をついた。


まさかこんな事態になろうとは、想像もしない。
一ノ瀬 大河
一ノ瀬 大河
……次から、弁当は俺が持って行ってやろうか?
豊橋 七海
豊橋 七海
え?
一ノ瀬 大河
一ノ瀬 大河
女子の嫉妬もそれで少しは紛れるだろうし
豊橋 七海
豊橋 七海
そ、そっか
椿 和泉
椿 和泉
それは嫌だな

大河くんの提案に納得しかけたところで、どこからともなく声が聞こえてきた。



【第8話へつづく】

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