――それは、今日の昼休みの出来事。
普段から私と一緒に昼食をとる友達二人が、昼休みに入ってすぐ、部活の臨時ミーティングに呼ばれてしまう。
他の女子グループに混ぜてもらうこともできたのだけれど、中庭に出てきていたこともあって、私はそのままひとり残っていた。
ベンチに座り、弁当箱の包みを解く。
前日の夕飯の残りもお弁当箱に詰めて持ってきているので、女子にしては量が少し多めだ。
いつもなら友達にも食べてもらうのだけれど、今日は残してしまうかもしれない。
蓋を開けようとしたその瞬間。
渡り廊下の方向から、どさっと鈍い音がした。
何か大きなものが地面に落ちたような、そんな音。
恐る恐る行ってみると――角を曲がってすぐ、廊下と地面の間くらいに、詰め襟姿の男子生徒がうつ伏せになって倒れていた。
慌てて駆け寄り、その背中に触れると、男子生徒はゆっくり顔を上げた。
知らない人だ。
詰め襟に付いたピンバッジから、三年生だと分かる。
第一印象は、『眉目秀麗なのにやつれた人』だった。
彼はそう言って、青ざめた表情のまま力なく笑う。
ひとまず怪我でも病気でもないと分かって、ほっと息を吐いた。
彼が力なく立ち上がる。
私はその肩と背中を支えて歩かせ、ベンチへと座らせた。
お金を友達に借りようという発想には、至らなかったのだろうか。
いや、それだけじゃなく、昨夜から何も食べていないことにも事情があるのかもしれない。
食べ盛りのはずの高校生男子がこんなにも弱っているのを、放っておくことはできなかった。
私は開きかけの弁当箱を手に取り、彼に差し出す。
お節介かとも思ったけれど、意外にも、彼は嬉しそうに目を輝かせた。
やつれていた顔に、少しだけ生気が戻ってくる。
でもすぐに、周囲をきょろきょろと見回した。
弁当の中身は、鶏そぼろ飯と昨夜の残り物である唐揚げ、それに余り物のジャガイモで作ったハッシュドポテトと、タコさんウインナー、卵焼き、もやしの中華風サラダ。
毎朝早起きして、私と母の分を作っている。
今ではもう、趣味みたいなものだ。
友達用に予備で持っていた箸を渡すと、先輩は「いただきます」と小さく言って、卵焼きから食べ始めた。
これで口に合わなかったらどうしよう、と一瞬不安がよぎる。
先輩はもぐもぐと咀嚼を繰り返したあと、「うまっ」と言って、目を丸くした。
箸が進むようで、それから黙々と先輩は食べ進めた。
私の分が減ってしまうことなんて、今はどうでもいい。
手料理を美味しいと言ってもらえることが、こんなにも嬉しいなんて。
椿先輩は自分のこめかみを人差し指でトントンと叩くと、にこりと笑った。
その仕草や表情が妙に艶めいて見えて、私はドキリとする。
初対面の相手からとんでもない言葉が聞こえて、私は聞き返しながら固まった。
【第4話へつづく】
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。