椿先輩が帰って、しばらくした頃。
ナス味噌炒め、きのこと手羽先の煮物がそろそろできあがるという時に、大河くんがやってきた。
千波の発言に、大河くんの顔色が変わる。
名前を出していないのに分かるものなのだろうか。
大河くんは頭を掻いて、数秒経ってから「そうじゃない」と首を振った。
鞄から小さな封筒を取り出した大河くんは、それをずいっと私の目の前にやった。
受け取って封を開けると、中身は最近できたばかりの水族館の入園チケットだった。
いつか行ってみたいと、CMを見ながら言っていたのを思い出す。
千波と雷太が顔を見合わせて「ぐふふっ」と笑った。
大河くんは視線を逸らしてそわそわと落ち着かない。
大河くんが頬を赤くしたまま言うと、二人は元気よく返事した。
素直に喜んでいると、珍しく、大河くんが微笑んだ。
彼なりに、私を労おうとしてくれているのだ。
私が否定するよりも先に、大河くんが焦ったようにそう言った。
***
夜、帰宅した母や渚と風太に事情を話すと、みんな二つ返事で賛成してくれた。
張り詰めていた気持ちが、楽になった瞬間だった。
たまには息抜きしてもいいんだと思えて、ほっとする。
そう気付いた私は、慌てて自室へと戻った。
そして自分のクローゼットを開け、愕然とする。
【第12話へつづく】
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。
登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。