今日は椿先輩との何度目かになる〝デート〟の日。
先輩は我が家の弟妹たちを味方につける術を覚えたらしく、私を連れ出すことを伝え、家族ぐるみで私を送り出させるように仕向け始めた。
おかげさまで、最近は以前ほどの家事をこなさなくて済んでいる。
「言ってなかったっけ?」くらいの軽いノリで、先輩は答えた。
手に持ったフォークを下ろす。
まだ告白の返事はしていないけれど、その前に離れ離れになるのは、なんだか嫌だった。
先輩はコーヒーを一口飲むと、笑うのを我慢している顔をした。
お弁当のやりとりは未だに続いているのだけれど、先輩が登校しなくてよくなる日も、いよいよ近づいてくる。
さっきは否定したけれど、寂しい、という言葉が最も当てはまるのだろう。
終わってほしくない、卒業してほしくないと思ってしまう。
いつまでも、私の手料理を食べて喜ぶ先輩の顔を見ていたい。
恥ずかしいから、それはまだ言わない。
先輩は指を組み、その上に顎を乗せて、私を見つめた。
その姿すら様になっているのだから、この人は自分の魅せ方をよく分かっていると思う。
それ以外に何があるのか。
自分で言うのも恥ずかしいけれど、彼が私に惚れ込んでいるのは、胃袋を掴まれたからに他ならない。
それが、先輩への返事を決めかねている障壁だった。
私はフォークを取り落としそうになった。
首の根っこから上がかああっと熱くなる。
先輩は前から、〝私自身〟を好きだと言ってくれていたのだ。
恋の自覚というのは、突然やってくるものだ。
今この瞬間が、こんなにも嬉しいなんて。
でもここですぐに手のひら返しをしてしまったら、私の気持ちこそ本気じゃないと思われるかもしれないから、やっぱり言わない。
先輩は満面に笑みを浮かべて私を見つめていた。
さっき赤面したせいで、幾分か私の気持ちもバレてしまったみたいだ。
私の気持ちが整うまで、あともう少しだけ。
先輩と一緒に食べているモンブランは、今までで一番甘い味がした。
【完】
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。
登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。