第19話

甘すぎる恋の始まり【和泉END】
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2021/02/27 04:00
店員
店員
和栗のモンブラン、お待たせいたしました
豊橋 七海
豊橋 七海
わあ……! 美味しそう~!
椿 和泉
椿 和泉
はは、いい顔するね
豊橋 七海
豊橋 七海
だって、こういうのは家じゃ絶対に作れないですよ!?
嬉しいじゃないですか

今日は椿先輩との何度目かになる〝デート〟の日。


先輩は我が家の弟妹たちを味方につける術を覚えたらしく、私を連れ出すことを伝え、家族ぐるみで私を送り出させるように仕向け始めた。


おかげさまで、最近は以前ほどの家事をこなさなくて済んでいる。

豊橋 七海
豊橋 七海
でも先輩、こんな大事な時期に外で遊んでて、大丈夫ですか?
椿 和泉
椿 和泉
だって、俺もう推薦入試で第一志望受かってるし
豊橋 七海
豊橋 七海
えっ

「言ってなかったっけ?」くらいの軽いノリで、先輩は答えた。

豊橋 七海
豊橋 七海
聞いてないです……。
じゃあ、遠くに行っちゃうんですか?

手に持ったフォークを下ろす。


まだ告白の返事はしていないけれど、その前に離れ離れになるのは、なんだか嫌だった。
椿 和泉
椿 和泉
……寂しい?

先輩はコーヒーを一口飲むと、笑うのを我慢している顔をした。
豊橋 七海
豊橋 七海
さ、寂しいっていうか……嫌っていうか……
椿 和泉
椿 和泉
へえ? それって、俺のことが好きってこと?
豊橋 七海
豊橋 七海
そ、それはまだ違うっていうか……!
椿 和泉
椿 和泉
うーん、手強いな……

お弁当のやりとりは未だに続いているのだけれど、先輩が登校しなくてよくなる日も、いよいよ近づいてくる。


さっきは否定したけれど、寂しい、という言葉が最も当てはまるのだろう。


終わってほしくない、卒業してほしくないと思ってしまう。


いつまでも、私の手料理を食べて喜ぶ先輩の顔を見ていたい。


恥ずかしいから、それはまだ言わない。

椿 和泉
椿 和泉
どうしたら、君は俺を好きになってくれるんだろうね

先輩は指を組み、その上に顎を乗せて、私を見つめた。


その姿すら様になっているのだから、この人は自分の魅せ方をよく分かっていると思う。

豊橋 七海
豊橋 七海
さ、さぁ……
椿 和泉
椿 和泉
俺は本気で、七海ちゃんをお嫁さんにしたいんだけど
豊橋 七海
豊橋 七海
手料理が食べられるからですよね?
椿 和泉
椿 和泉
あ、まさかそれが理由だと思ってたんだ!?

それ以外に何があるのか。


自分で言うのも恥ずかしいけれど、彼が私に惚れ込んでいるのは、胃袋を掴まれたからに他ならない。


それが、先輩への返事を決めかねている障壁だった。
椿 和泉
椿 和泉
違う、違う。
俺、これでも結構女の子にはモテるの
豊橋 七海
豊橋 七海
はい、存じてます
椿 和泉
椿 和泉
でも、七海ちゃんはそういう下心で近づいてきたわけじゃないし、俺のことも知らなくて、ただ単に良心でお弁当分けてくれたよね?
あの時、俺は一目惚れしたってこと。
手料理も美味しいし好きだけど、そっちが本命じゃないよ?
豊橋 七海
豊橋 七海
…………え?

私はフォークを取り落としそうになった。

豊橋 七海
豊橋 七海
(あれ……? 私、とんでもない勘違いしてた……?)

首の根っこから上がかああっと熱くなる。


先輩は前から、〝私自身〟を好きだと言ってくれていたのだ。

豊橋 七海
豊橋 七海
ご、ごめんなさい……!
椿 和泉
椿 和泉
え、それ振ってる? 俺、振られてるの!?
豊橋 七海
豊橋 七海
あ、違います! 勘違いしてたことを謝ってるだけで……

恋の自覚というのは、突然やってくるものだ。


今この瞬間が、こんなにも嬉しいなんて。


でもここですぐに手のひら返しをしてしまったら、私の気持ちこそ本気じゃないと思われるかもしれないから、やっぱり言わない。
豊橋 七海
豊橋 七海
でも、春には遠くに行っちゃうんですよね……
椿 和泉
椿 和泉
うーん、割と近く……かな? 家から通うし
豊橋 七海
豊橋 七海
……ん?
椿 和泉
椿 和泉
だから、返事はまだまだ待てるよ?

先輩は満面に笑みを浮かべて私を見つめていた。
豊橋 七海
豊橋 七海
(き、気付いてる……!)

さっき赤面したせいで、幾分か私の気持ちもバレてしまったみたいだ。
豊橋 七海
豊橋 七海
ちゃんと、返事はするので……もう少し待ってもらっていいでしょうか?
あと、ちょっとだと思います
椿 和泉
椿 和泉
もちろん

私の気持ちが整うまで、あともう少しだけ。


先輩と一緒に食べているモンブランは、今までで一番甘い味がした。


【完】

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