ジョングクの手が止まった。ドアノブにかけている手が、微塵たりとも動かない。それもそうだ。熱に魘されたテヒョンが求めているものは、それに対して鎮火してくれる人物であるから。それが不特定ではなく、ジョングクだから誘っているのだとしたら、このドアを開く訳にはいかない。ジョングクに断れる自信があるのなら話はまた別だけれど、多分それはジョングクじゃないとしても不可能。だって、想像してほしい。顔を赤らめて、色欲をそそる様な不規則な呼吸を耳元で繰り返している彼を。おまけに、低いその声が、甘えるみたいにフニャフニャとしているのだ。端麗な顔立ちが、今にも苦しい熱で壊れそう。男の本能を、容易く猛獣に変化させてしまう、そんな顔。
誘ってる何て、それは卑怯だ。破裂しそうな風船は、萎むか割れるか。何方が早いだろう。ジョングクが自我を保つ限り、萎むことはないテヒョンの熱。今にも抑制が効かず、破裂してしまいそうなソレは、ジョングクが空気を抜いてあげないと割れてしまう。何方を選んでも、結末は結局同じ。ジョングクが、密かに息を呑んだ。
沈黙。ジョングクの胸元に回されているテヒョンの腕が、不安そうに力を籠めた。何か喋ってくれないと、流石に気まずいではないか。ジョングクは、難問を目の前に突き出されたみたいに、グッと何かを考えている様子で。テヒョンが駄々をこねるみたいに母音を洩らせば、重たい溜息を吐くだけで返事はしてくれない。早く、早く欲しいのに。迷わないで、さっさと決めて欲しいのに。ジョングクは頑なに駄目だと言う。
あぁ、熱が、溜まっていく──
身体の芯が、きゅうきゅうと切なく畝る。決定的な痺れを求めて、ドロドロとした欲が下に下にと落ちていくのだ。それを掻き消すみたいに、誰かから強いソレを貰わないと納得いかない。楽になれない。こんな事、頼めるのはジョングクしか居ないのに。テヒョンは、切羽詰まった声で、もう一度ジョングクに媚びた。
ジョングクの余裕のなさそうな声。きっと後々傷つけてしまうと分かっているのに、執拗なその媚は、ジョングクの思慮を一瞬で台無しにしてしまった。部屋のドアが開けられ、ジョングクはテヒョンをベッドへと、優しく坐らせる。
つい押し倒されるものだと思っていたのに、展開は全く違くて。ジョングクがテヒョンの後ろに回ると、ギシ…と軋む音がした。ベッドが、少し沈む。後方からジョングクの腕が回ってきて、テヒョンを優しく抱き寄せた。たったそれだけでも、期待を膨らませて行く。
つい押し倒されるものだと思っていたのに、展開は全く違くて。ジョングクがテヒョンの後ろに回ると、ギシ…と軋む音がした。ベッドが、少し沈む。後方からジョングクの腕が回ってきて、テヒョンを優しく抱き寄せた。たったそれだけでも、期待を膨らませて行く。
強弱をつけながら、上下に扱き出された。根元から亀頭まで、男らしいジョングクの指が刺激を与えていく。敏感になった身体は、通常よりもよりオーバーに受け取ってしまって。自分から頼み入れた癖に、腰が自然と前へ前へと逃げて行ってしまう。これから起こる出来事に、今更実感が湧いてきて。既に与え出され始めた解毒薬に、テヒョンは自然と拒否反応を起こす。
まるで蛇のように、ジョングクの腕が執拗にテヒョンの腰を引き戻す。グッと爪がカリに食い込んで、テヒョンの腰がビクビクと震えた。ボタボタと、熱い液体がベッドシーツに零れ落ちる。
羞恥心。いくら薬のせいだとは言え、こんなにも呆気なく気をやってしまうのは恥ずかしい。涙が、ツーンと目元に迫り上がって来る。それと同時、ジョングクの指に、粘り気の強い熱い液体が滴下した。ツー、と、それは纏わり付くように皮膚へ密着して。
ジョングクがもう片方の指で、テヒョンの涙をそっと拭き取った。すぐ後ろに居るのに、姿かたちが見えないだけで、こんなにも気持ちは変わってしまう。彼の表情が見えないと、不安で仕方がない。その優しい声も大好きだけれど、温かい瞳を持ったジョングクの顔も、テヒョンは同じぐらいに大好きなのだ。だから、
そう言うや否や、テヒョンの体がグルンと反対側までに回された。シーツが、擦れる音がする。ジョングクの顔を見てみると、それは実に妖艶的な表情をしていて。直視何てしていたら、視界がチョコレートみたいに溶けてしまいそう。そんな前髪が微妙に掛かった二重が、色っぽく困った様にテヒョンを見詰めると、こう言われた。
目が合う。それは必然のように、極自然だった。お互い吸い寄せられる様に、顔との距離が縮まって行って。ジョングクの、下からすくいあげる様なキスが、テヒョンの唇を貪った。リップ音が鼓膜で木霊しながら、度合いは徐々に激しさを増して行く。割り開かれた唇から、ジョングクの熱い舌が口内を犯して行く。歯列をなぞって行き、上顎を愛撫されると、テヒョンは擽ったそうに身を縮める。舌の粘膜が卑猥な程に絡み合って、それは後に処理出来ず、口許から甘い唾液が溢れ出してくるのだ。クチュクチュと厭らしい水音が止んだ頃、厚いリップ音と共に、銀の糸がうっすらと二人の間で引かれあった。
また重なる唇。先程射精された精液。それを潤滑剤として利用したいのか、情慾に滴れた精液を、ジョングクはまたグチュグチュと扱き出す。
咳き込むような、そんな声だった。出したくて出してる訳でもないし、この喘ぎが魅力的だとも思っていない。けれど、ジョングクが可愛いと耳元で囁くから、テヒョンは変な感覚に陥って行く。まるで、愛されている様な、本当に付き合っているみたいな。感情的な幸福感で、そんな勘違いに。キス何て断然、もっとそんな浮いた感情にして行く。でも、それでも。ただ今は、この時があまりにも幸せすぎて、全てどうでも良いと思った。他者の体温がこんなにも気持ちいい物なんて、全く知らなかったから──
幾度も抽挿を繰り返され、テヒョンが金切り声に近い喘ぎを何度も繰り返している。身体に嫌と云う程の律動が走り、足先がピンと攣った様に指が立つ。足が痺れ、奥を抉るように突かれる度、テヒョンは堪らない気持ちになっていた。
──ドタンッ!!
ベッドから転げ落ちたのか、衝突した独特の痛みでテヒョンは眼が覚める。簡易的なカーペットが敷かれた床のお陰で、少しは痛みも緩和されたけれど。それよりも、さっきのは何だ。…どこまでが本当で、どこまでが夢なんだ!?
テヒョンは体を隅々までワサワサと確認すると、直ぐに昨日の出来事を思い出し始めた。そう。確か、その。ジョングクと…
駄目だ。思い出したら、多分恥ずかしさと事の重大さの呵責で死ぬ。じゃなくて、俺、昨日何処まで許したんだ? テヒョンは、人形みたいに悶々とベッドの一点を見つめた。昨日、またドジ働かして俺やらかしたよな…。俺、ジョングギに何したんだ…、俺、何を、何をしたんだ、昨日の俺…! いや、確か完全にセックスと言えるところまではしてない…はず。
人が本当に吃驚する時は、肩が飛び跳ねる訳でもなく、其方に矛先が向けられる訳でもなく、ただ、死後硬直みたいに固まるみたいだ。話しかけられているのは分かっているのに、昨日の事を踏まえてからのこれだと考えると、全く言葉が出てこない。
ようやく出てきた言葉がこれである。明らかに「昨日の事を意識しています」と言わんばかりの噛み噛みなテヒョン。だけれどジョングクは、一切気にしていない様子で、通常運転なのだ。まさか、昨日の事無かった事にされてる…?
じゃあ、後半は夢だったという事だ。そっか、それは良かった。…良かった、けど…。何だろう、何でかな。何で、こんなに苦しいのかな──
開店前のバーで、テヒョンは机に顔を伏せ、最後にそう呟いた。何だか、ある日突然実感してしまったのだ。テヒョンが好意的でも、ジョングクは任務的であるかもしれない事を。それもこれも、親近感がない「執事」と云う職業だから思った事。けれど、自分が無理言って頷かせたのもまた事実。でも、自分だけが意識していると発覚した時、何だか思ってしまったのだ。
嗚呼、ジョングギは、何も思わないんだ。
って。あまりにも、否定する理由がない程に。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。