第8話

わざとじゃないの。
718
2026/07/03 13:57 更新
岸
あなた、点滴しようね〜

 岸優太はいつものように笑顔で病室へ入った。

 ベッドに座っていたみうは、その一言で顔を強張らせる。
(なまえ)
あなた
……やだ
岸
熱まだ高いでしょ?
(なまえ)
あなた
やだ
岸
今日はお薬だけじゃだめなんだー
(なまえ)
あなた
やだっ!!

 首をぶんぶん振るみう。

 優太はベッドの横まで来て、目線を合わせるようにしゃがんだ。
岸
怖いのは分かるよ。でも点滴したら少し楽になるよ
(なまえ)
あなた
やだもん…

 あなたの目にはもう涙が浮かんでいる。
(なまえ)
あなた
痛いのやだの
岸
うん
(なまえ)
あなた
針もやだ
岸
うん
(なまえ)
あなた
全部やだぁっ…

 優太は困ったように笑った。

 この反応は珍しくない。

 あなたは昔から点滴が大の苦手だった。

 だから無理やり腕を掴むことはしない。

 落ち着くまで待つ。

 それがいつものやり方だった。
岸
じゃあ少しだけお話しようか
(なまえ)
あなた
……
岸
落ち着いてからいいよ

 そう言って椅子に座ろうとした、その時だった。
(なまえ)
あなた
やだの!!

 あなたが突然ベッドから飛び降りた。
岸
あなた!!

 病室を飛び出そうとする。

 優太は慌てて追いかけた。
岸
待って!
(なまえ)
あなた
やだ!

 病室の入り口で追いつき、転ばないように腕を軽く掴む。
(なまえ)
あなた
離して!
岸
落ち着こ?
(なまえ)
あなた
やだってば!!

 パニックになったあなたは、振り払おうと必死だった。
岸
あなた!
(なまえ)
あなた
離して!!

 その瞬間。

 バシッ――。

 優太が小さく顔をしかめた。

 勢いよく振り払ったみうの手が、優太の手の甲に当たった。

 爪が引っかかり、赤い線が一本走る。

 じわっと血が滲んだ。
(なまえ)
あなた
え…
(なまえ)
あなた
ゆーたくん…?

 優太はすぐに手を後ろへ隠した。
岸
大丈夫、大丈夫
(なまえ)
あなた
血出てた…
岸
かすり傷だから

 笑ってみせる。

 でも、そのやり取りを病室の外で聞いていた人がいた。
永瀬
永瀬
何してんの?

 低い声が響く。

 二人が振り向く。

 そこに立っていたのは永瀬廉だった。

 カルテを片手に持ったまま、優太の手を見る。
永瀬
永瀬
……それ、どうしたんよ
岸
ちょっと引っかかっちゃって

 廉は何も言わず、あなたへ視線を移した。
永瀬
永瀬
あなた
(なまえ)
あなた
……
永瀬
永瀬
優太にやったん?

 あなたの唇が震える。
(なまえ)
あなた
…ごめんなさい

 小さな声だった。

 廉は病室へ入り、ドアを閉めた。

 いつもの柔らかい表情じゃない。

 あなたはそれだけで泣きそうになった。
永瀬
永瀬
こっち来て

 あなたはゆっくり近付く。

 目はもう真っ赤だった。
永瀬
永瀬
怖かったん?
(なまえ)
あなた
うん…
永瀬
永瀬
点滴いややったん?
(なまえ)
あなた
うん…
永瀬
永瀬
そこは先生も分かっとる
永瀬
永瀬
怖いのは悪いことちゃうよ?

 あなたは少しだけ安心した。

 でも次の言葉で肩が震えた。
永瀬
永瀬
でもな

 廉の声が少し厳しくなる。
永瀬
永瀬
怖いからって人を傷つけたらあかんの
(なまえ)
あなた
……
永瀬
永瀬
優太、怪我しとるよ

 あなたはゆっくり優太の手を見る。

 さっきより血が滲んでいた。
(なまえ)
あなた
ごめんなさい…

 涙がぽろっと落ちる。
永瀬
永瀬
先生に謝る前に

 廉は優しく、それでも真剣に言った。
永瀬
永瀬
まず何があかんかったんか考え
(なまえ)
あなた
永瀬
永瀬
怖かったから?
(なまえ)
あなた
ちがう…
永瀬
永瀬
じゃあ?
(なまえ)
あなた
叩いた…
永瀬
永瀬
うん
(なまえ)
あなた
怪我させた
永瀬
永瀬
優太はな、点滴させたいから止めたわけとちゃうとおもうよ
(なまえ)
あなた
……
永瀬
永瀬
あなたが転ばんように止めただけよ

 その言葉に、あなたは完全に俯いた。

 優太は自分を助けようとしてくれていた。

 なのに。

 自分は傷つけてしまった。
(なまえ)
あなた
ごめんなさい…

涙が止まらない。
(なまえ)
あなた
ごめんなさいっ…

 優太は慌てて近寄る。
岸
あなた、ほんとに大丈夫だから
(なまえ)
あなた
でも…っ、ぐすっ、
岸
これぐらいすぐに治るし
永瀬
永瀬
優太

 廉が優しく止めた。
永瀬
永瀬
今はフォローせんでいい
岸
…うん

廉はもう一度あなたを見る。
永瀬
永瀬
あなた
(なまえ)
あなた
…はい
永瀬
永瀬
謝る相手は俺ちゃう

 あなたはゆっくり優太の前へ行った。

 涙でぐしゃぐしゃの顔のまま頭を下げる。
(なまえ)
あなた
ゆーたくん…
岸
うん
(なまえ)
あなた
ごめんなさい…
(なまえ)
あなた
怖くて…っ、
岸
うん
(なまえ)
あなた
叩くつもりじゃなかった…
岸
うん
(なまえ)
あなた
でも怪我させちゃった…

 優太は少ししゃがみ込み、あなたと目を合わせた。
岸
ちゃんと謝れたね
(なまえ)
あなた
ごめんなさいっ…
岸
許す

 その一言で、あなたは声を上げて泣いた。
(なまえ)
あなた
んん、ええっ…ぐすっ、

 優太はそっと頭を撫でる。
岸
でもね次から怖かったら怖いって言おう?
(なまえ)
あなた
…うん
岸
叩くんじゃなくて、先生の服でも手でも掴んでもいい
(なまえ)
あなた
うん…
岸
逃げたくなったら逃げたいって言っていい
(なまえ)
あなた
うん
岸
一緒に考えるから

 あなたは何度も頷いた。

 その様子を見ていた廉も表情を和らげる。
永瀬
永瀬
もう一個約束
永瀬
永瀬
先生も看護師も痛いし悲しい
(なまえ)
あなた
…うん
永瀬
永瀬
あなたが思っとる以上にな

 あなたはまた涙を流した。
永瀬
永瀬
だから二度と手は出さへんこと、約束して
(なまえ)
あなた
はい
永瀬
永瀬
よし

 病室の空気が少しだけ柔らかくなる。

 優太は絆創膏を貼りながら笑った。
岸
じゃあさ

あなたは不安そうに見つめる。
岸
点滴どうする?

 あなたは少し黙ってから、小さく右腕を差し出した。
(なまえ)
あなた
…がんばる

 優太は嬉しそうに微笑んだ。
岸
ありがとう

 今度はあなたも逃げなかった。

 廉の手をぎゅっと握りながら、隣で「大丈夫や」と声を掛ける。
岸
終わったよ

 数分後、点滴は無事に終わった。

 あなたは涙を拭きながら優太の手を見る。
(なまえ)
あなた
痛い?
岸
もう全然
(なまえ)
あなた
ほんと?
岸
うん

 それでもあなたは申し訳なさそうに傷口を見つめていた。

 優太はその頭をぽんと軽く撫でる。
岸
反省したならそれで十分
(なまえ)
あなた
…うん
岸
次はちゃんと怖いって言おうね
(なまえ)
あなた
うん

 廉も穏やかな声で続ける。
永瀬
永瀬
怖いことは悪くない。でも、人を傷つけるのはあかん。それだけ覚えといて
(なまえ)
あなた
…うん

 あなたは小さく返事をすると、二人の顔を見て少しだけ笑った。

 まだ点滴は嫌い。

 きっと次も怖くなる。

 それでも今日のことは、忘れない。

 怖くても、ちゃんと言葉で伝えること。

 そして、自分を助けようとしてくれる人を傷つけないこと。

 あなたは胸の中で、その約束をもう一度そっと繰り返した。

リクエストありがとうございました‼️💝

プリ小説オーディオドラマ