何ヵ月が経っただろう。
美玲は姿を見せないまま、葉が色づき始める季節になった。
少し爽やかな空気が土曜日の朝を迎える。
その日のモーニングコールは地獄を予告するものだった。
うるさいくらいの着信音が鳴る。
隣の人に迷惑になるから早く取らなきゃ。そう思ってたけど
手が滑ってテーブルから落下した。
シリコンのカバーでよかった。傷はないみたいだ。
「もしもし、透、朝早くごめんね」
紗弥加だ。何があったのだろう。声が冬の氷のように冷たい。
「あのね、」
美玲がビルの屋上から飛び降りた
一瞬、何を言われたのか理解が出来なかった。
ビルはあの七夕祭りが行われるはずだった百貨店の屋上らしい。
僕はコートを持って急いで出た。
突然の事でビルの周りは早朝にも関わらず野次馬が沢山いた。
警察が焦りながら連携をとり、立ち入り禁止のテープを貼っていく。
必死に美玲の名前を呼んだ。
今なら「透」って返してくれるような気がしたから。
でも、僕の声は届かなかったみたいだ。
完璧に隠されていないブルーシートの奥から、緋色に染まった足が見えた。
少しだけだったけど、絶対そうだ。
手芸が得意だった美玲が作ったミサンガだ。
付き合って一年が経つ頃、なんかおそろつけよ~と言いながら僕にもくれたもの。
僕は青と黄色。美玲はピンクと黄緑。
可愛い色合いが大好きだった。
「いつか切れるのかな?」とワクワクしていた。
その幸せがグラスから零れそうで。
僕はそれに呼応するように、その場に泣き崩れてしまった。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!