教室の中はちらほらと生徒がいた。
うちのクラスは女子24の男子10。
教室の内装は、一般公立高校の2グレードアップした感じだ。
まばらにいる生徒を見ると、いかにも金持ちって雰囲気が痛い程出てる。
鞄や制服は皆同じ物だけど、装飾品や着飾り方でこうも違うものか...扇子持ってる奴とかいる。
縦巻ロールとかいるんだ...オホホって笑う奴まじでいるんだ...すげぇな。
家柄的に交流がある人達もいるみたいで、あちらこちらで話に花を咲かせている。
挨拶とかするべき?
まぁ自己紹介とかあるだろうしいいか。
席の場所もあらかじめ分かっていたから、悠愛と別れて自分の席に着く。
HR開始まではまだ時間あったけど、少し悠愛がボーッとしたそうだったから、暫し一人の時間を満喫する。
今日は入学式だし、鞄はほぼ空っぽ。
とくにやる事も無いし...んー、ちょい探索するか。
俺は席から立ち上がり、廊下へと出る。
皆が背筋を伸ばして歩く中、少し猫背気味で廊下を歩く。
トイレの場所知らないと困りそうだし、手始めにトイレから探そう。
ブレザーのポケットに手を突っ込み、顔を上げて目だけを泳がせる。
お馴染みの男女トイレマークは無く、扉の上にTOILETとお洒落な札が掛けられている。
扉横の壁には青の薔薇と赤の薔薇が1輪ずつ添えてある。
そのまま、赤が女、青が男で間違いないだろう。
意外にも男女隣に設置してあるんだな...離してるかと思ってた。
教室から近くて良かったかな。
そこで地図の存在に気付く。
トイレの場所も書いてあるから、それ見れば早かったな。
そーいや玄関のとこに掲示板みたいなのあったな...行くか。
次なる目的地を決め、再び長く広い廊下を歩き出す。
玄関に着くと、登校してきた生徒が増えてさっきよりも賑わっていた。
ただ中学と違って、下品な笑い声は聞こえてこない。
下ネタとか話さないのかな...下が緩いのに。
友達との会話で一番盛り上がるのは下ネタってゆーのが学生の基本だと思ってたんだけど...金持ちは違うって事か。
チラッと聞こえる会話は、お茶会だとか親の自慢だとか、海外のどこに別荘があるだとか、俺からしたらクソつまらないものだった。
記憶通り、玄関入ってすぐの所に掲示板がある。
そこには気品良く書類が並べられていて、学校主催のお茶会のお知らせ、部活動の勧誘、新任教師の詳細、生徒会会議の詳細など、当たり前だが全て学校関係のものだった。
金持ちってこーも退屈なのだろうか。
お茶会しかする事ないの?
部活動も本格的にやっているものは無いと聞いた。
全部、趣味嗜好として消化される。
あぁー...これなら金持ち共がセックスに溺れて下が緩くなるのも頷ける。
ここには勉強と、家絡みの交流と、それから暇潰しのセックスをしにきてるんだな...退屈だ。
いや、むしろ家に縛られていたら得ることの出来ない悦楽を貪れるのだから楽しいのかな。
それでも今のこの学校の金持ち雰囲気からは、とても下が緩いとは思えない。
俺は掲示板から目を離し、HR前で人が少なくなった廊下を見やる。
俺のクラスとは反対側の廊下。
同じ様に教室が並び、壁の数ヶ所には薔薇が飾ってある。
暫くボーッとしていると、ザワッと周りが上気した。
数人の生徒が上を見上げている。
皆の視線を辿るとそこには階段があり、更に視線を上にずらすとようやく注目の的を見つけた。
あ、ヤバイ。
本能が俺にそう告げる。
その姿を一目この視界に入れただけなのに、思わずにはいられない。
これは、運命だ...と。
頭はショートし、自分の意志とは無関係に体が動く。
色素の薄い栗色の髪。
どう見たって男なのに唇が艶やかで、まるでそれは性行為中の女の唇を思わす。
傍らにいる生徒と同じ制服なのに、何でそんなに格好良い?
一番ヤバイのはその瞳。
どこか周りを馬鹿にした様な冷えた目線。
髪色を少し濃くした綺麗な瞳。
本能が俺に二つ目の思いを告げる。
この人に、抱かれたい。
その王子の様な雰囲気の男に向かい、俺はハッキリとそう告げた。
周りはさっきと違うザワつきを見せる。
少し階段を駆け上がっただけなのに息が上がっていた。
呼吸を忘れる男の容姿と、バクバクと跳ね上がる心拍数のせいだ。
男は立ち止まりその視界に俺を入れる。
元々の身長差と、階段の高低差もあってずいぶんと見下される。
沈黙は1分も無かった。
だけど、確かに時間は止まっていた。
男はその色付いた唇を開く。
俺の目を見れば分かるだろうに。
アンタしか映ってないのに。
スッと横を通り過ぎていく男に、名残惜しさから不意に声が漏れ出る。
だけど体は動かずに、惜しくも男が視界から消えてしまった。
もう1度視界に入れたくて振り向くと、男は俺を見上げていた。
俺が屈めば...キスできる距離。
ドキッと心臓が鳴る。
心を見透かされたのかと錯覚した。
いや、見透かされたのだろう。
俺を捉えて離さない目が訴えかけてる。
挑発してくる。
俺の本能が"キスしたい"と告げた時、目の前の男は"シて良い"と言った。
そして目が言う"出来るものならやってみろ"と。
惹かれる。
喰われる。
名前を呼ばれて理性が崩れたのが分かる。
身を乗り出し、男の肩に手を付いて唇を重ねる。
触れた唇からピリッと微弱な電流が流れた。
静電気の様な痛さは無い。
有るのは甘い幸福感。
キスが許されたのはほんの一瞬だけ。
男はすぐに俺の肩を押して体制を戻し、俺が自立した瞬間に手を離した。
そして今度こそ、俺の視界から消え去った。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!