…なんであそこで今回沖縄に行きたくないと思っていた一番の原因の人に会うんだろう。
そう呟きながら私は過去を思い出す。
「うるさい!___の姉を持ってる癖に私に口を叩くな!」
暢歌さんの声。
「___の家系を産んだ和武と、羽音は出来損ないだな。」
風香さんの声。
二人の女性の冷たい声。
「二人とも黙りな。二人ともさ、そうやってむかーしから人を傷つけるの得意だよね。でも、それ自分がやられた時のこと、考えな?絶対二人とも絶対嫌って言うでしょ。やめな。」
救世主の恵夢さん。
そんな恵夢さんがいなくなったのは精神的に辛い。
私は水族館の前のオブジェクトの前でそう呟いた。
今は、父さんの車待ち。
自分で、__のことをそういうのは苦しかったが、周りに合わせてまたそう呟いた。
…なんで、人は、力を持つ物に流されていくのだろう。
完璧な証拠があっても、隠す。
そんなバカみたいなことは、私はしたくないが、「普通」だから。
普通、だから……
だから、__を私は守る。
連絡してすぐにやってきてくれた父さんの事情を話しながら車に乗る。
そして、私が乗ったとほぼ同時に車が動き始めた。
きっと、父さんも一緒に苦しんだから、私の気持ちが分かるのだろう…。
そう言いながらどんどん車でばあちゃんちと反対方面に行く父さん。
いったいどこへ向かっているのだろうなどと思いながら私は車の中から沖縄にまた似合わない少し曇っている空を見つめていた。
水族館からほぼ一時間の場所に来た。
そう言いながら少し進むと、そこにはきれいな群青色の海と夕焼けの綺麗な空の景色があった。
その一言で尽きる。
あんな楽しそうな父さんな顔を見るのは久しぶりだ。
いつも、笑ってても、何かを考えているような顔していた父さんがこんな無邪気な顔をするなんて。
まあ、____と__と恵夢さんのことがあったらそうなっちゃうか。
そんなことを思いながら景色に思い出を浸らせていた。
夕焼けをじっくり見ていると、いつの間にか夜空になっていた。
綺麗な星々。
それを見続けてもよかったが、祖母さんの家に戻らないといけないということで、車で戻っていた。
そして、家に戻ると、先ほども見かけた葉月さんと暢歌さんがいた。
…私は現実逃避するために、スマホだけ持ってまた外へ出た。
そして、通話アプリを開くと、「NAYU」と書かれた連絡先を押す。
ツー、ツー、ツー…
この、無機質な音さえ嫌になる。
そして、その音が消えてから私はスマホに向かって話しかける。
那由はくすくすと笑いながら話す。
那由はちょっと寂しそうに言った。
こういう察してくれたり、優しく接してくれる那由に惚れるんだよ。憧れるんだよ。
…こういう性格だから、那由は、きっと悩みをため込んでいるんだろうね。いつか、私が救うから。仮面を、壊してやる。
やっぱりすごいね、那由。すぐに私を笑わしてくれて、幸せになった。
そう言われ一方的に切られた電話。きっと最後の言葉は那由の照れ隠しなのかな。じゃなかったとしても、嬉しい言葉だった。
「今の私は、もっと、前を向かないと。」
そう呟きながら私は家の中へと戻る。
落ち着いて考えれば、今からイヤホンで音楽を聴きながら夕飯を親戚と食べれば、何も聞こえないで済むんだよ。
そうだよ。
そう思い、賑やかな音がする部屋の前で急いでスマホで動画サイトの音楽のプレイリストを再生し始める。
そして、親戚がたくさんいる部屋の扉を開ける。
全員の視線はこっちにやってきた。
それはそうだろう。
父さんより、確実に親戚から逃げ出していた私がここに「普通」にいるんだから。
でも、「普通」の私にとっては、それをしなければいけない。
そして、父さんと祖母さんの間の空席に無理矢理座った。
そこからは目の前にある料理を食べるか、スマホを触るかしかしていなかった。
その料理の味は、ほぼしなかった。
いや…おいしくなかった。
ただひたすら、目の前の世界を気にしないことにばかり気を取られていたら、いつの間にか自分の持ち分の食べ物は食べ終えていたようだ。
そして、本当の最後の食べ物のケーキとフォークとスマホを持って、私は家の縁側に来た。
いつもの本土と比べてこの時期では暖かい。
少し生温い風と雰囲気に浸りながら私は音楽の再生を止めた。
好きな人の曲をずーっと聞いていたから、気持ちは普段よりずいぶんと上向きだった。
ケーキは普通のショートケーキだった。
ただ、チョコケーキ派の私にとっては、ショートケーキじゃない方が良かったなどと言った愚痴を思いながらも流英さんのツイートを見てみる。
そんなことを呟きながら今度は空を見る。
そう呟いてたまたま手に持っているタロットの束から一枚を引く。
タロットは元々趣味程度に覚えているため、その手札が何を表しているかは大体自分で分かる。
タロット占いの17番の月。
正位置は…
「トラウマ・フラッシュバック」
「嫌な暗示だね。」
でも、逆位置は
「漠然とした未来への希望」
「…逆位置を願いたいな。」
月に向かって私はそう呟いた。
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編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!