無料ケータイ小説ならプリ小説 byGMO

第79話

Vol.3

PM:5:00、牛見公園駐車場。あれは確か暴対の村田ではないか!!後部座席は誰だ?一体この時間に何をしているのか?彼女は私に何を見せようとしているのか…。

「それで西岡(会長)、奴のネタは確かなものなんでしょうね」
「間違いない。それよりも村さんよ、現金の方はどないや?」
「この封筒に入っていますが」
それを確認するとワシは目許を緩めた。
「ええか村さんよ、アイツが狙ってるんは天心教や」
「天心教…」
「ワシの若い者から聞き出したんやが、まぁ訊きいな」
ええか、村さん。あの教団にはガッポリとカネがあるわな。里子ビジネスというものがあるらしいのやが、彼処の寮生には売り(売春)をしている子もいるらしい。けどや、アイツの狙いは女やない。村さん、アイツがデリヘルでもする気なら、とうにやってるわな。
「それじゃ奴は何を企んでいるんですか?」
「そこやがな」
村さん、彼処には何等かの宝石があるみたいですわ。それを手に入れる段取りやないでっかな?それと、河村という男が消えたという噂やで。
「まさか、それが奴と…」
「それは判らんわ。それを調べんのが、アンタ等の仕事でっしゃろが。ま、これは貰っときまっせ」
ワシは中味を確認すると、そやな、このカネで麗子と沖縄でも行って、グフフ、麗子にシャブでも射ったろうかの。それで麗子は、ワシから離れんようになるわ。
「それよりも会長、変なクスリはやってませんよね?」
「アホ言うたらあかん。そんなもん、親分にバレてみいや、破門やがな。違うか?それにや、もしワシがいってたとしてもや、村さんよ、アンタ等はワシをパクることは出来んわな。違うか?」
「まさか会長…」
「そやから例えばの話やがな。それよりも村さん、何でアイツがカネになるのか聞かせて欲しいのやが」
「それは自分の方も詳しく知らないのですよ」
「ええか村さん、勘違いしたらあかんで。これでもワシはヤクザなんや。野心もある。今の生活に満足している訳でもあらへん。それは村さん、アンタも同じやないか。ま、これを聴けば、アンタはワシと手を組むんやないかと思うんやが。グフフ」そう言ってワシはブレザーの内ポケットに封筒を納めたんや。
「久し振りやな西岡(会長)」
「長岡さん(おやっさん)、今日は付録がついてまっけど…」
「心配せんでもええ。村田と言ってワシの舎弟みたいなもんや。顔覚えといてくれ。処で奴は最近どんなもんや」
「いつもと変わりがありまへんな。今日も事務所に顔出して、何処かへ行きよりましたわ」
「間違いないか?」
「ところでや会長、奴を突き上げるネタはないかの?」
「また奴のことでっか?最近ワシ等の方も上(本部)が煩いのですわ。上まで奴を目にかけだしてきてよる。それよりもおやっさん、ワシを弾いたガキの件、どないなっとるんでっか?」
「その捜査は今も継続しとるが、会長、その件に関して奴が咬んでいたら?」
「まさか?いや、それはないでっしゃろ」
「まあの。只、奴の協力者がワシ等の内部にもいるかも知れんのや。兎に角奴を道具でも何でもええ、長期刑に持ち込むネタが欲しいのや」
「もしそれがバレたらワシもタダですみまへんがな」
「フフ、今更何を言ってるんや。200ある。何かと物入りと違うんか?」
「しゃあないなぁ(仕方がない)」


「………」
「村さんよ、意味がよう判るやろ。ワシもいつ長岡に用なしにされるかもしれんからの。それが警察やないか。ま、保険や」
自分は…… いや長岡先輩もカネに溺れてしまい、ヤクザの本質を忘れていたのだ。いつだったか長岡先輩の口から聞かされたことがある。
『ククク。正義に生き場所は関係ない。無謀な正義は報復正義を醸し出す。支配には二種類がある。一つは、支配欲につき動かされた支配だ。もう一つは、誰からも支配されたくないために行う支配だ。クククク、ニーチェの言葉ですよ』
奴の言葉を長岡先輩が語り
「忌々しいガキやで、ホンマに!!」
その言葉が今ハッキリと耳奥に木霊したのは言うまでない。
コンコン――。
運転席側のウィンドーガラスを小学生らしき子供が佇み叩いていた。
自分は西岡に向けていた視線を一瞬ビクリッとしながら、ウィンド―に視線を移した。
正直言って、西岡のふてぶてしい態度に、ヒットマンが拳銃を構えているのでは…?とビクついていたのは事実であったが、佇む子供の姿に胸を撫でおろしたのである。
ツツーっとウィンド―が下がるや
「何かな?」
と子供に言葉を返した。
「オッチャン、アッチの車のオッチャンが、コレを渡してって」
そう言うや、突き出したその手にICレコーダ-が握りしめられていたのだ。
「うん!?」
一瞬周りの車両を見渡したものの、数少ない車両から特定することが出来なかった。
「どの車かな?」
「ほら、アソコにあるシルバーの車だよ」
屈託のない言葉に釣られるように、差し出した指先を見据えた。
「えっ!?ま…まさか?」
震える指で、ICレコーダ-を掴みHOLDをOFFにし、再生ボタンを押した。

「パパ、まさかソレって…覚醒剤じゃ…。嫌よ私は…」
「何も心配あらへん。う…ふう~。来たがな来たがな」

突然流れた音声に、西岡は戸惑いを隠せず、ICレコーダ-に目を向け、後部座席から身を伸ばしてICレコーダ-を掴み取ろうとしたところを、自分は手を引いたのだ。やはりこの男はシャブに手を出していたのだ。
「会長」
「違う。ワシやあらへん。あっ、オンドレ(お前)はあの時のガキやないか!!」「会長、落ち着いて下さいよ」
「アホンダラ!!このガキがワシを弾きよったんや!!」
まさか…、こんな子供が?やはり西岡は…。女性の乱れた声に混じり、西岡の言葉に驚愕したのである。
「ちょっと待っとれや、麗子。もっと気持ちがようなるよってな。グフフ」
「ああん。何なの?ああ~ん。疼く。気持ちいい。パパ~、何?何をしたの?はぁはぁ、熱い」

何なんだ?
「村田、停めるんや!!」
「会長、まさか女にシャブを射ったんでは?」
「兎に角停めるんや!!それより村田、このガキや!!」
「落ち着いて下さい。自分の方も具合が悪いのですよ。ほら、シルバーのプリウス(TOYOTA)」
「何や、その車がどないしてん?」
「もしかすれば、公安かも…」
自分はICレコーダーの停止ボタンを押し思案に暮れていた。
「オッチャン、小遣い」
その子供が悪戯っぽく手を差し出したのだ。自分は震える手でズボンポケットから財布を出し、千円札1枚を取り出した。終りだ…。自分の人生もこれで終わった。
「違う。後ろのオッチャンのお金が欲しい」
「何やと、このクソガキが!!終いには殺(い)てまうど!!」
その時、プリウスのドアが開きかけたと同時に、猛々しい轟音が鳴り響き、西岡側の座席に平行して停車したのだ。
ウオ~ンウオ~ン――。 「な…何やねん」
銃口が向けられていたのだ。
「オッチャン、早くお金頂戴」

ショーでの評価は真っ二つに分かれ、少なくともこのままの形で市販されることはないだろうというのが一般的な推測だったが、1981年1月にヨーロッパ向け輸出販売が開始されると大ヒットとなり、生産台数はGSX1000Sと合わせて17,643台に上った。スズキはターゲット・デザインに対し、「こちら(スズキ)はデザインの邪魔は極力しない。だから、そちら(ターゲット)もデザインが機能の邪魔をするのは極力やめて欲しい」と注文を付け、そこからターゲットとスズキの信頼関係が築き上げられたそうである。プロトタイプにはなかったフロントスクリーン(前面風防)が追加され、高く上げられ視界を妨げていたメーターが低く直された。これは両者の協力関係がうまく行っていたことの証左と言える。
エンジンはGSX1100の流用だが6PS向上し111PS/8,500rpm、9.8kg-m/6,500rpmとなり、また車体は11kg軽い232kgであった。
120km/h以上で効果を発揮するフロントスクリーンの形状は、ハンス・ムート自ら革ツナギを着込んでピニンファリーナで220km/h相当の風洞実験を経て決定されたという。
ところで、「ハンス・ムート氏に依頼し…」というのはスズキの公式なアナウンスであったが、実際には「ターゲット・デザイン代表ハンス・ムート氏に…」であった。時代的には前後するが、ムートがBMWバイク部門でデザインの仕事をしている時に、スズキから次世代ツーリングバイクのデザインに関して協力要請があり、そのオファーを受けムートがBMWを退社、その時にBMWのデザイナーを二人誘いターゲットデザインを設立する。独モトラード誌のプロジェクト。その後にスズキのプロジェクトに正式に加入し、GS650GとGSX1100Sを発表する。しかし、ムートがあくまで「ターゲットデザイン社代表」という形で参加したにもかかわらず、スズキの公式発表は「ハンス・ムートデザイン」であった。そのためターゲットデザイン社内でムートの立場がなくなり、ムートはターゲットデザインを追われてしまう。このことはあまり表沙汰になっていないが、三栄書房の雑誌「カースタイリング」誌の本人のインタビューで詳しく語られている。
★GSX750S(S1)
日本国内では当時、国内販売向け二輪車種の排気量は750ccを上限とする自主規制があったため、1982年2月に国内向けのGSX750S(S1)が発売されたが、当時の車両保安基準により極端な身体ポジションを有するとされた車両は型式認定を受けられなかったため、ハンス・ムートのデザインとは異なるハンドルのバーが妙に高くグリップが後方の位置になるアップハンドルで市販され、「耕うん機ハンドル」と揶揄された。さらに、輸出仕様車にはあった“刀”ステッカー(書類に同封されてはいたが)・前面風防・ライト下のスポイラーも付けられておらず、車名に「カタナ」の文字も入れられなかった。特にハンドルについては、所有者が輸出仕様の1100cc用のハンドル部品を取り寄せて交換することが少なくなかったが、当時はこの改造が違法改造とみなされ警察もこの改造を集中的に取り締まることが多く、この当時の取締りは「刀狩り」と呼ばれていた。
エンジンはGSX750Eの流用でボアφ67.0mm×ストローク53.0mmで747cc、69PS/8,000rpm、6.2kg-m/8,500rpm。
車体は全長2,250×全幅810mm×全高1,105mm。乾燥重量222.5kg
カウリングは未だ認可されず、当初は「ヘッドライトケース」という名称であった。
タイヤは3.25H19-4PR/4.00H18-4PR。