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第38話

Vol.5
ガボボボーン――― パーキングに轟くパールホワイトのコルベットC3エキゾーストサウンド。
「奴が動き出します」

シボレー・コルベット
シボレー・コルベット(Chevrolet Corvette)は、ゼネラルモーターズ(GM) のシボレーブランドによって販売されている、アメリカンスポーツカーである。コーベットとも表記される。初代 C1型(1954年-1962年)
2代目 C2型(1963年-1967年) L88型
3代目 C3型(1968年-1982年)
4代目 C4型(1983年11月-1996年) スレッジハンマー
5代目 C5型(1997年-2004年)
6代目 C6型(2005年-)
7代目 C7型(2014年-)
レーシングプロトタイプ
GMのデザイン部門の初代副社長を後に務めることになる、もともとスポーツカー好きだったハーリー・アールが第二次世界大戦後の自動車競技における英国製・ヨーロッパ製スポーツカー(大戦後、アメリカ軍軍人たちが祖国に持ち帰ったMG、ジャガー、アルファ・ロメオなど)に感化され、GMはスポーツカーを製造する必要があると決意したことが、その誕生につながる。コルベットに先立つ1951年、ナッシュ・モーターズがイタリアのデザイナー、ピニンファリーナと英国のエンジニア、ドナルド・ハーレーのパートナーシップのもと、2シータースポーツカー、ナッシュ・ハーレーの販売を始めたが、ほとんど価格の高いモデルばかりだった。アールの構想は、まず非公式な“プロジェクト・オペル”として秘密裏にスタートした。アールは最初に、当時シボレーディビジョンのゼネラルマネージャーを務めていたエド・コールにプロジェクトを提案した。コールはためらうことなく、この提案を受け入れた。1951年後半、アールとスペシャルプロジェクトのクルーは、作業にとりかかり、その車が1953年にシボレー・コルベットとして陽の目を浴びること
となったのである。
2シーターカーとしてほぼ同時期に誕生したフォード・サンダーバードと同じく、それまでの量産型米国車にあまり見られなかった小型軽量のボディーに適度のパワーを持ったエンジンを搭載し、当時憧憬の的であったオープンエアモータリングを楽しめるアメリカンプレステージスポーツカーとして誕生したコルベットは、本来大衆車製造部門のポジションであったシボレーで、その後誕生するシボレー・カマロとともに数々のレースシーンに積極的に関与することでブランドの華やかさ・先進性・技術力・優秀性をアピールする役割を果たすこととなった。 当初は、欧州のライトウェイトスポーツカーをベンチマークにしていた関係で、コルベットもそれらと共通した性格を基本とするかに見えたが、当時米国では新世代のV8エンジンの勃興期と重なっていて、マーケットからの要望を背景に、毎年ほとんどの車種でエンジンパワーが増大していく傾向にあり、コルベットもそのトレンドを積極的に取り入れる方向で発展していった。このためシボレーコルベットは、はやばやと路線修正され、やがてGMないし米国内でもっとも強力なエンジンを搭載
可能な、走行性能の優れた小型プレステージ2シーターカーという路線に乗ることとなった。 基本的なデザインは、一部を除きオープンエアモータリング可能でロングノーズショートデッキの小型軽量2シーターカーだが、アメリカ車らしく、ごく初期のわずかな期間を除き軽量コンパクトかつ高出力のV8エンジンをフロントに積み、V8エンジン特有のパワーを後輪に伝える、典型的なフロントエンジン・リアドライブを現代に至るまで貫き通している。また、時代に合わせて頻繁にアップデートが施され、時には外観のみならず、車の性格を激しく変えるほどのモデルチェンジが果たされたことも珍しくない。その一方で、タフでパワフルなアメリカンV8エンジンによる余剰馬力の大きさを持ち味としており、一時期高性能DOHCエンジンを採用したことがあったものの、最新型においてもコンベンショナルなV8大排気量OHVエンジンを採用し、出足の良さと余裕の走りがコルベットのアイディンティティとなっている。 コルベットは、その基本性能の優秀さから初代C1型コルベットの時代から様々なレーシング仕様が製作され、
数多い功績を挙げた。
ワークスでのレース活動を休止していた時期もあるが、その間を埋めるようにプライベーターによる参戦も盛んに行われた。 現在、欧州ではシボレーのブランド名が落とされて、単にコルベットとして販売されているが、シボレーブランドのフラグシップモデルであることには変わりない。なお、日本への輸入はGMアジア・パシフィック・ジャパン (GMAPJ) によって行われており、販売店の関係で日本でも単に「GM・コルベット」として販売されていた時期があった。車検証の車名欄およびJAIA(日本自動車輸入組合)の輸入車登録台数の統計では「シボレー」となっている。 7代目モデル(C7型)については、2013年1月13日にアメリカのデトロイトで開催される「デトロイトモーターショー13」プレビューイベントにて発表予定である。
1971年式

販売期間
1968年-1982年
乗車定員
2人
ボディタイプ
2ドアオープン
2ドアクーペ
エンジン
スモールブロック型 5.0L V8
スモールブロック型 5.4L V8
スモールブロック型 5.7L V8
ビッグブロック型 7.0L V8
ビッグブロック型 7.4L V8
最高出力
304PS/4,800rpm
最大トルク
52.54kgfm/3,200rpm
変速機
3速AT/4速AT
3速MT/4速MT
駆動方式
FR
全長
4,636mm
全幅
1,753mm
全高
1,217mm
車両重量
1552kg
-自動車のスペック表-

1968年、早いタイミングでバトンタッチされたのが、通称コークボトルと呼ばれるボディラインを持つC3型コルベットである。大胆に膨らんだ前後フェンダーとくびれたように見えるボディ中央部がコーラのビンを連想させたことから名づけられた。このデザインは、このモデルを最後にデザイナーを引退したビル・ミッチェルと日系人ラリー・シノダがデザイン・スタディとして生み出したMako Sharkが原型で、そのデザインをほぼ踏襲している。
また、ネーミングにも変化が生じ、当初はコルベットスティングレイの名で販売されたものの、1978年のマイナーチェンジでは単にコルベットの名に改称された。その独特なスタイルと、バリエーションにコンバーチブルと量産車初のTバールーフのタルガトップを採用しながらも、シャシーやサスペンションは基本的にC2型のそれを引き継いでいる。しかし、リトラクタブル・ヘッドライトは少々違い、C3型のそれは回転式ではなく、カバーを上へ持ち上げるオーソドックスなメカを採用している。これは歴代コルベットの中では唯一である。エンジンは基本的にキャリーオーバーで、1969年にはビ
ッグブロックユニットが排気量拡大の変更を受けて、7,440ccまで引き上げられた。標準エンジンであるスモールブロックユニットには基本的に変更はなく、ビッグブロックユニットと同じ年に排気量5,358ccから5,738ccにまで拡大しているが、額面上は同じ300馬力と変更はない。また同エンジンを基本にチューニングを施したLT1ユニットは350馬力仕様に加え、1971年までは高圧縮比によりパワーを稼ぎ、370馬力にまでチューニングされたものが設定されていた。 C3型登場の翌年、総生産数3台、市販車両に搭載されたものは僅かに2台という幻のパワーユニット、ZL1ユニットが1969年の期間のみ追加される。これはC2型コルベットに載っていたL88ユニットの発展型で、エンジンヘッドのみならずエンジンブロックまでもアルミ化されたスペシャルエンジンである。このエンジンはオプション設定という形でカタログに記載されることとなったが、車1両に匹敵するほどの高額の追加費用が必要だったため、ごく少数の生産に留まることとなった。しかし、1971年にはマスキー法が全面
施行され、プレミアからレギュラーガソリンに対応、三元触媒の取り付けなど排ガス対策に追われたため、全てのパワーユニットが軒並み20~30馬力ほどダウンすることとなる。その対策として、ビッグブロックユニットを425馬力にまでチューンしたエンジンが追加されるが、環境問題が叫ばれる逆境などを理由に1972年に廃止された。
クロームメッキバンパーを捨てた1973年、エンジンラインナップが大幅に整理され、5,735ccのV8 OHVエンジン一本となり、標準仕様は190馬力、オプションで210馬力、更に排ガス規制の厳しいカリフォルニア州専用に、コンピュータ制御の排ガスコントロール装置を取り付けた仕様が存在し、180馬力を発生した。
1972年からエンジン性能表示が変更され、グロス値からネット値に移行したため、従来よりも低い馬力換算がされていたものの、このエンジンは従来のものより確実にパワーダウンを強いられていた。 C3型の最も大きなマイナーチェンジは1978年のことである。大きな変更点として、それまで垂直に降り立つリアウインドウが、ルーフからボディ後端までを繋ぐ湾曲
した一枚ガラスに変化し、規制によって5マイルバンパーが装着された。オプション設定にはグラストップが追加されるが、これはコルベットがスポーツカーというより、長距離を高速で移動することに主眼を置いたGTカー的な方向に寄ったものであることを示していた。1981年にはオプション設定されていたエンジンが姿を消したが、C3型最後の年1982年には、キャブレターからインジェクションとなり、10馬力上乗せの200馬力を計上した。 トランスミッションは4速MTと3速ATが用意され、1982年には4速ATが設定されたが、この年にはマニュアルトランスミッションの設定がなく、このことからも後期のC3型はGTカーとしての位置づけを与えられていたことを裏付けている。 C3型コルベットは1982年型がラストイヤーだったが、同年に予定されていた新型コルベットへの移行が翌年にずれたため、一時は「コルベットはC3が最期」と騒がれてしまった。
4代目 C4型(1983年11月-1996年) [編集]
シボレー・コルベット(4代目)
C4型


C4

ZR-1

販売期間
(1983年11月 - 1996年)
乗車定員
2人
ボディタイプ
2ドアオープン
2ドアクーペ
エンジン
スモールブロック型 5.7L V8
GM LT型 5.7L V8
最高出力
410PS/5,800rpm
最大トルク
51.30kgfm/4,800rpm
変速機
4速AT
6速MT
駆動方式
FR
サスペンション
リーフスプリング
全長
4,534mm
全幅
1,859mm
全高
1,186mm
車両重量
1,500kg
-自動車のスペック表-
1983年の前中期をテスト期間として43台ものテストカーを費やし、満を持して1983年末にC4型コルベットが登場する。ただし予定より開発がずれこんでしまったため、1984年型と銘打って生産を開始しているために事実上、1983年型のモデルは存在していない。マニアの間では「テストカーとして製作された43台」を1983年型と呼称することもあるが、これはGM側が正式にアナウンスしたものではない。ちなみにテストカーのほとんどはクラッシュテストのために破壊されているが、一台のみはアメリカ・ケンタッキー州ボウリンググリーンに存在するコルベットの生産工場に併設されたコルベット博物館に保管され、現存している。 これまでのコルベットは、ダイナミックで力強いスタイルを特徴としたアメリカニズムを押し出したデザインが特徴だった。しかし国内、世界的情勢を意識して大きく路線変更することとなり、ロングノーズは踏襲されているものの、大きく盛り上がったフェンダーなどはなだらかに整形され、全体的に洗練されたスタイルを纏った。これは開発関係者にヨーロピアンデザインに造詣の深い人物がいたためと
いわれている。 構造的にも、特徴の多くを先代から受け継いでいたC3型とは違い、エンジン以外のほぼ全てを新規設計した。足回りは前不等長ダブルウィッシュボーン式、後5リンク式へと進化、アームには市販車初の軽合金を採用し、バネ下重量の低減を狙っている。また、前後とも伝統の横置きリーフスプリングを使用しているが、それはFRP製であり、軽量化が徹底されている。ボディ構造は角断面鋼管フレームとセミモノコックを組み合わせたユニフレームとなり、旋回性能を上げるために上げるためにショートホイールベース化され、前後トレッドを広げて操縦安定性を確保している。また、洗練されたスタイリングは空力にも十分な配慮がされ、Cd値0.34と当時のスポーツカーとしては最高水準の値をはじき出している。なお、ボディバリエーションはクーペとTバールーフを廃止したタルガトップを用意していたが、C3後期に安全性の問題でラインナップから落ちたコンバーチブルが1986年型から復活している。
デビュー当初、1983年11月エンジンはC2型と同じクロスファイアを搭載し、205馬力
と少々控えめの数値だったが、Z51と呼ばれるハイパフォーマンスモデルに注目が集まり、人気を呼んだ。これはハードなスプリングレート、デルコ・ビルシュタイン製ショックアブソーバー、ワイドタイヤなどを組み込んだ仕様で、ノーマルでは4速ATが選択できたが、4速MTしか設定されていない硬派な仕様だった。このモデルの登場で、コルベットが優秀なハンドリング性能を有していることを世界に知らしめることとなった。
1985年- エンジンが変更される。排気量に変わりはないが、ボッシュ・ジェトロニクスをベースに改良を施したチューンド・ポート・インジェクション (TPI) 仕様のL98型となり、最高出力は230PSに引き上げられた。

1986年- アルミブロックの採用で230PSを達成、そしてコンバーチブルのみがボディー剛性を踏まえクロスメンバーというフレームが追加され復活した。

1987年- アルミヘッドを採用。

1988年- にはエンジンがチューンドポートインジェクションの245PS、トルク47.5kgにホイールはF.Rとも9.5j、タイヤは27-40-17が標準となった。
そのエキゾーストサウンドと共鳴するように、ミュージックサウンドが湿った空気を撥ね付けた。
「あ、彰子の歌だ。キャハハハ、ごっ機嫌~」

GET MY WAY!! (Shoko&Sexy Crime)

☆汚れを恐れているばかりじゃ
過激な社会じゃ 泣きを見るばかりさ
時には自分の翼を 黒く染めろよ☆

☆~☆ Repeat

言いなり ゼンマイ巻かれているようじゃ
引きずりこまれるぜ 過去(遠)きあの頃に
嘆きは未来を 儚く閉ざすだけさ

クソダメな街に染まるんじゃない
裏切り色褪せる 憐れみ投げ返せ!!
★GET MY WAY!!
Do not stretch out one's course that I believed!!
GET MY WAY!!
The way is frozen hard only for hesitation!!★

もどかしさ 自分の愛確かめろ
腐った理屈に捻れてバカを見る
安価な接吻(くちづけ)時間は遡れない

何時までも過去(傷)に震えているんじゃない
明日には今日でさえバカげた過去となる
★~★ Repeat

翻訳:自分の信じた道を投げ出すな!!
遠慮ばかりでは道は凍りつく!!

(Words: Wild Chan )

「な、何なんや、あの車の煩(うるさ)さは―――」 「奴の趣味ですよ、主任」
ガボボボーン ボボボ――「彰子、クククもう1つのゲームが始まるぜ」
「キャハハハ」
慎ちゃんは、今からお祭りが始まるようにハシャギながら言った言葉に、彰子はご機嫌に笑ったんだ。
その時だった。
「キャハ、何あの子達?」
バンダナで顔半分を隠したストリート系ファッションの数人の少年達が、非常口ドアから駆け出し、スカイラインを取り囲でいるんだよ。

「何や、このガキ供は」
「主任、どうしますか?」
この大事な時に――― 私は少し苛立ち気に言葉を発した。げっ!? あのガキの手に握っている物は…。缶スプレーじみた物を持つガキ2人、ポケットに手を突っ込んだガキ2人、そして
「チャカやと?」
「しゅ…主任…」