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第65話

Poison(毒)
「長岡(先輩)、こんな所で誰を待ってるのですか」
閉園を以てか次々と帰路につく車を見やりながら、自分は隣席の長岡先輩に声をかけた。
牛見公園駐車場、Pm5:00。
「村田、正面のマジェ(トヨタ・マジェスタ)が客や」
「誰なんですか?」
「さっき言うとった銀流会の西岡や」
「えっ!?銀流会会長の」
成る程、その為に人目を憚ってのこの場所なのか。公園奥側駐車場は駐車の車が少なく
「村田、ライトをパッシングするんや」
自分達を乗せた車と西岡の車を残して最後の車が走り去った時に長岡先輩の言葉に頷き、パッシングをした。成る程、あれが銀流会の西岡なんや。しかし何故…。その西岡が運転席から降り立ち此方に向かい歩いてきた。
「いいか村田、さっきも言うたが、ワシ等の仕事は何人パクるかなんや。ああいう奴がいるから、オマンマ(飯)が食えるんや」
そう言い、長岡先輩は西岡に後部席に乗るように手で示していた。

「久し振りやな西岡(会長)」
「長岡さん(おやっさん)、今日は付録がついてまっけど…」
西岡はジロリと自分をルームミラー越しに見やり嫌味っぽく言い放った。
「心配せんでもええ。村田と言ってワシの舎弟みたいなもんや。顔覚えといてくれ。処で奴は最近どんなもんや」
「いつもと変わりがありまへんな。今日も事務所に顔出して、何処かへ行きよりましたわ」
「間違いないか?」
やはり長岡先輩の考え過ぎではないだろうか?あの東條か…。しかし長岡先輩の「パクってなんぼ」という意味あいが判らないでもない。
自分が刑事になりかけの頃、あるヤクザの取り調べに同席の係長に怒鳴られたことがあった。

「こら村田!!ヤクザにびびって刑事が務まると思っているんか!!そんなことなら刑事辞めてまえ!!調べとは、こうやるんや」
そう言うや、「こら、チンピラ!!さっさと認めんかい!!」と言い放ち、被疑者に足蹴りを喰らわした。引っくり返るヤクザ。
「上等やないけ!!警察のクンロク(焼き入れ)も対したことがないのう!!」

その光景を見たとき、取調室での暴力が実際に行われていることを知った。
そしていつしか自分も、それが正当であるように麻痺していった。
「ところでや会長、奴を突き上げるネタはないかの?」
「また奴のことでっか?最近ワシ等の方も上(本部)が煩いのですわ。上まで奴を目にかけだしてきてよる。それよりもおやっさん、ワシを弾いたガキの件、どないなっとるんでっか?」
「その捜査は今も継続しとるが、会長、その件に関して奴が咬んでいたら?」
その長岡先輩の言葉に西岡はジロリと目を開いた。
「まさか?いや、それはないでっしゃろ」
「まあの。只、奴の協力者がワシ等の内部にもいるかも知れんのや。兎に角奴を道具でも何でもええ、長期刑に持ち込むネタが欲しいのや」
そう言って長岡先輩は内ポケットから厚めの封筒を取り出した。
「もしそれがバレたらワシもタダですみまへんがな」
「フフ、今更何を言ってるんや。200ある。何かと物入りと違うんか?」
200万?何処からそんな大金が……?奴にはそれほどの価値があるということなのか!!
「しゃあないなぁ(仕方がない)」
そう言いながらもルームミラーの中に浮かぶ西岡の目が卑しく笑っていた。
なるほど、Sを抱えるとはこういうことなのか。それにしても一家の会長が自分の身内をカネの為に売るとは…、いや、それよりも何故そんな大金を遣ってまで松山を追うのか?そして東條、お前は実際どうなんや…。「組織という枠に於いて全てが味方だと思うんやないで」長岡先輩の言葉が思い浮かんだ。そして「出世したければや、まぁ昇級試験に受かることやな。それでもワシ等のようなノンキャリアが行き着く椅子などたかがしれとる。それ以外に出世をしたければ村田、どうする?」
「さあ…」
「村田、頭に叩き込んでおくんや。そのカネの意味をよう理解するんや。いや決して汚れたカネやない。なあ村田、ワシ等の特権とは何や?」
「国家権力…ですか…」
「その通りや村田。その国家権力を如何に使いこなし汚れるかや。それが出世の早道ということや」
その長岡先輩に自分は毒毒しさを感じたのは、若さの所以かもしれない…。しかし、まさかこの自分までが…。しかし毒を盛られた者は、どこかで肩を並べなければならない現実を知らしめられたのは言うまでもない。
「村田、いいお巡りさんでいたければや、両津さんやあるまいが箱勤め(交番勤務)することやな」
今更戻れない自分であることを悟ったのは言うまでもない。
両津とは、こちら葛飾区亀有公園前派出所の登場人物 両津 勘吉(りょうつ かんきち)は、秋本治原作の漫画『こちら葛飾区亀有公園前派出所』の主人公である架空の警察官。愛称は「両さん」、「両ちゃん」のことを今更言う必要はないだろう。強いて言えば嫌味につきる訳である。
「何がアンタ等にあるかは知らんが、そやな、チャカでも仕込みまひょか?」
西岡の言葉に自分は驚愕をもたらした。これがヤクザの本質なのか―――。いや、我々警察にも言えることかもしれないが、我々には犯罪者撲滅という国家正義がある。がだ、敢えて犯罪を作り出すことに、果たして正義があるのだろうか…。
逢おう、1度東條に。もし互いが毒を以て堕ちているなら…。
「それはアカンな」
「それやったらシャブはどうでっしゃろか?間違いなくワシから破門でも絶縁でもできまっせ」
「それもアカンな。考えてみぃ会長、奴がシャブ触っていないのは我々も把握しとるんや。それこそ会長、内輪の仕掛けやとバレてしまうやろ」
「うむ…」
「ええか会長。ワシ等はアンタが弾かれた件にしても、ガキが弾いたなんて信用はしとらん。只なフフフ」
「只何でっか?」
「面白い情報があるんや。京都府警の公安やと思うが、あるホテルの駐車場で奴を張っていた車両が、今でいうB系と言うんか、ガキ共に襲撃を受けて奴を取り逃がしてしもたんや」
「それやったら!?」
「アカンな。証拠がないし会長、アンタが弾かれた時は、奴は収監中や」
「クソッタレが!!それやったらワシは弾かれ損でんがな」
流石長岡先輩や。西岡を熱くさせている。成る程、Mに仕立てる方法を1つ学ばさせて貰いましたよ。それよりも長岡先輩から気になる言葉が飛び出した。
「処で、あくまでの此処だけの話にして欲しいのやが」
「何でっしゃろか…」
「いいか会長。あくまでワシ等は同じ穴の狢(むじな)やと思ってくれ」
長岡先輩の言葉に西岡は「よう判ってま」と頷いたのを確認すると言葉を続けた。
「会長、奴から若しくは話の流れで『将軍』なる人物の名が出たことがないか?」
「将軍?何でんねん、それは」
将軍とは果たして誰を指しているのやろか。
「判らん。ワシ等でさえ把握が出来ておらん。それとや、奴のcredit cardやが、我が国のものでないんや。だから始末におえんのや」
「おやっさん、そんなゴツい(大きい)カードを持ってるんでっか?」
「恐らくアンタ等の前では使わんやろ。いいか会長、絶対に口外するんやないで。アンタが奴にそのことを口にした時点でワシ等の関係を疑われるやろな」
「そうでっしゃろな。まさか前の事件がワシからの密告やと知れたら…」
「それは心配ない。それよりも今の話はアンタの腹に納めておくことや。もし奴に聞こえたら」
「聞こえたら?」
長岡先輩の言葉に西岡はゴクリと喉を鳴らした。
「ガキの遊びで済まんかもな。ま、ワシ等は奴をパクれるのならそれもいいのやが、フフフ」
「冗談は辞めてくれなはれ。兎に角探ってみまっさ」
「それと会長、今後はこの村田がアンタとの繋ぎになるさかい、連絡先を交換しといてくれやの」
その長岡先輩の言葉に促された自分は西岡と携帯電話の番号を交換する破目になってしまった。これで完璧に自分は毒を盛られてしまった訳である。
「ほなら」
西岡がそう言うとドアを開け車外に身を放り出した。
バタン。
「村田、1つ勉強になったやろ」
後部座席のドアが閉まるや長岡先輩が言った。
「はい」
「ほな、行こか」
その言葉に自分はシフトレンジをDに入れ、緩やかに発進させた。
警察から見た現在のヤクザ事情。
「暴力団」との呼称は、警察やマスコミが戦後に命名したものであるが、平成3年に通称暴力団対策法が施行されて、公安委員会が#指定暴力団を特定するようになり、法的にも意味を持つ言葉と成り、平成4年3月1日施行の暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律(暴対法)第2条第1項第2号では暴力団を、「その団体の構成員(その団体の構成団体の構成員を含む)が集団的に又は常習的に暴力的不法行為等を行うことを助長するおそれがある団体」と定義している。

創設者の姓名や拠点とする地名などに「組」、「会」、「一家」、「連合」、「連合会」などを添えた団体名を名乗る場合が多い。他に暴力団ではなく一般企業であることを強調したい場合に「興業」、「総業」、「企画」、「商事」が用いられる(もちろんこれらの屋号を使う社が全てそうだというわけではなく、暴力団組織が一般企業を装って活動するための、言わば「隠れ蓑」)。
江戸時代からほとんどの団体は「一家」を冠し、傘下に「組」を冠する団体を置いていた。また、明治から昭和にかけて複数の一家が集まった「会」、「連合」などが現れた。平成の現在も「会」の傘下に「一家」を置き、さらにその傘下に「組」や「興業」を置く団体が多いが最大勢力の山口組に関しては他の暴力団に比べ新興組織であるため例外と言える。社会に対しては企業や右翼団体、また近年ではNPO法人を装うこともある。 「シノギ(凌ぎ)」と呼ばれる資金獲得行為には、いわゆる「みかじめ料」(縄張り内で一般人が商業を営む際の挨拶代や権利代。用心棒料)徴収などの恐喝行為(及び、意に沿わない者や建造物等に対する放火や銃撃)、売春の斡旋、覚醒剤や麻薬などの薬物取引、集団での野生動物の密猟、テロ行為、、銀行や郵便局、宝石店や博物館、美術館等の襲撃、万引きや強盗等の窃盗、賭博開帳、誘拐による身代金、闇金融、総会屋などの非合法な経済活動、何らかの理由で公に出来ない交渉事の請け負いや介入を行うことが多い。また、日本刀や銃器などを用いた団体間の抗争を行うことがあり、それによる殺人事件も数多く行っている。刺青、指詰め、盃事(さかずきごと)などの特殊な文化を持つ。
構成員は社会的には「暴力団員」と呼ばれるが、その他にも「ヤクザ」(転じて「ヤーさん」、「ヤっちゃん」等)、「極道」、「任侠」「渡世人(とせいにん)」、「稼業人(かぎょうにん)」、「筋者」等、年少者の場合は「不良」、下級構成員の場合は「チンピラ」、「三下」等と呼ばれる。
「ヤクザ」の語源は多説あるが、主に唱えられるのは以下のとおり。
カルタ賭博の追丁株で一番悪い目である「八」「九」「三」の数(いわゆるブタ)から由来するという説[要出典]{{#invoke:Error|error|エラー: 「2013年6月」は認識しません。「yyyy年m月」形式で記入してください。間違えて「date=」を「data=」等と記入していないかも確認してください。|tag=}}

喧嘩などの仲裁を行った「役座」という社会的地位に由来するという説[要出典]{{#invoke:Error|error|エラー: 「2013年6月」は認識しません。「yyyy年m月」形式で記入してください。間違えて「date=」を「data=」等と記入していないかも確認してください。|tag=}}

また数字の「893」は「ヤクザ」の直接的表現を避ける場合に使われる。[要出典]{{#invoke:Error|error|エラー: 「2013年6月」は認識しません。「yyyy年m月」形式で記入してください。間違えて「date=」を「data=」等と記入していないかも確認してください。|tag=}}
「極道」は自らを美称する呼び名で、語源説は以下の2つ。
“男の道を極めし者”から来ている[要出典]{{#invoke:Error|error|エラー: 「2013年6月」は認識しません。「yyyy年m月」形式で記入してください。間違えて「date=」を「data=」等と記入していないかも確認してください。|tag=}}

「極道楽」の略で「道楽を極める遊び人」の意[要出典]{{#invoke:Error|error|エラー: 「2013年6月」は認識しません。「yyyy年m月」形式で記入してください。間違えて「date=」を「data=」等と記入していないかも確認してください。|tag=}}

義を重んじ弱きを助け強きをくじく生き方である「任侠道」を標榜しこの実現を目指す、「顔」、「面子」を潰されることを最も嫌い、親分に対する「忠誠心・仁義」、仲間同志に対する「義理・人情」を重視する。これらを踏まえ、所属する組織や自分自身に対する屈辱や障害を暴力を持って排除する姿勢を「男」と表し賞賛する傾向がある。[要出典]{{#invoke:Error|error|エラー: 「2013年6月」は認識しません。「yyyy年m月」形式で記入してください。間違えて「date=」を「data=」等と記入していないかも確認してください。|tag=}}組織内での制裁は指詰めから除籍、破門、絶縁、所払い(ところばらい)に至るまで多岐に渡る。

一方で結束力の強さもあり、組織解散にまで追い込む事はどういうわけか非常に困難()で、なお、現行法では暴力団や組員に対しては住居の自由などの基本的人権の侵害すら懸念されるほどの規制が行われているが、イタリアのマフィア対策統合法のような暴力団の存在自体の非合法化はなされていない。
元々「暴力団」という名称は、警察が名付けた名称に過ぎなかったが、第二次世界大戦後、マスメディアを通す形で、一般でもその名称で認知されるようになった。
江戸時代の町火消から始まったという説があり、祭礼の周辺で商業活動を営む者を“的屋”(てきや)または“香具師”(やし)と呼び、丁半などの博打を生業とする者を”博徒”(ばくと)と呼ぶ。江戸時代においては、これらの者達は一般社会の外の賤民(アウトローと同義)的身分とされていた。
明治時代に入ってからは、新たに肉体労働組合も加わる事になり、急速な発展と同時に膨大な労働力が必要となった事で、炭鉱や水運、港湾、大規模工事現場には、農村や漁村から屈強な男性達が集まってきた。これらの男性達の中から、力量ある男性が兄貴分として中心になり、「組」を作っていった。労働者同士による諍いも多く発生したが、警察の手が足りない状況であった為、所謂自警団的な役割を持った暴力団組織も結成されるようになっていった。
太平洋戦争終結直後は、日本が連合国に敗戦し国土も焦土と化した事で物資が不足し闇市が栄えていく事になり、特に露店を本職としているテキ屋系団体が勢力を増していった。
また、敗戦による社会の荒廃により戦後の日本の治安は極めて悪かった。その中で、警察に代わって暴力団が治安維持の実力集団として機能する例も見られた。また新たに戦後の混乱の中で形成された“愚連隊”(ぐれんたい)などの不良集団から暴力団が誕生する事もあった。
その後、日本の急速な経済復興に伴い沖仲仕、芸能興行など合法的な経済活動にのみ従事する「企業舎弟(フロント企業)」も生まれた。現代の一般社会からは、的屋も博徒も同じ「暴力団」と見なされているのが現状である。現代の暴力団は的屋の系譜を継ぐ団体(的屋系暴力団)、博徒の系譜を継ぐ団体(博徒系暴力団)の両方が存在するが、明確な区別は建前上でしかなく、様々な非合法活動を行っている。この当時の日本の暴力団は、戦後での大きな「貸し」から、公然と活動している事が多く、警察との裏取引(いわゆる「お付き合い」)を行ったり、メディアに露出する傾向もあった。
しかし、1992年に暴力団対策法が制定されるようになってからは、暴力団でも公然的活動はし辛くなり、堂々と組の看板を出して事務所を開く事も出来なくなっている。