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第23話

Vol.2
「本部長、それはこの私の捜査基準に何等かの不備があってのことなんですか」 
「平野さん、貴方は組織というものを、どのように考えているのですか」
答になっていない本部長のその言葉に、不本意ながら私は県警本部トップであることを忘れたかのような口調で切り返した。当然のことである。
「それが私の左遷に関係があると仰るのですか。確かに私はノンキャリアですが、私なりに事件解決にあたってきていますが」
本部長は真っ直ぐ私を見つめ頑なに答えた。
「ある。つまり平野さん、組織あっての我々であるということなんですよ。いいですか平野さん。貴方も承知のように我々警察職員としての組織構成というものは、上層部の警視庁を始め警察庁がある。ま、皇宮警察は別物だがね。ま、今更説明するまでもないですが、ハッキリ言って我々は上層部の一配下に過ぎない。つまりだ、個人感情だけではどうすることも出来ないくらい貴方にも判るでしょう」
本部長は自分の威厳を変えることなく言葉を浴びせた。言わんとしていることぐらい私にも判っている。しかし何の理由も告げずに突然の左遷命令には納得できるものでない。ましてや遠く離れた佐渡島にヒラの巡査に降格されてだ。これも上層部からの命令と言うのか。そんな思いで私は本部長の目を見据えていた。
「本部長、こういう言い回しは失礼ですが、我々ノンキャリアの現場職はいつでも上層部の期待に応じるべく動いていますが」
「嫌味かね?」
ワナワナと込み上げる憤りをどうにか抑えながら、私は更に言葉を続けた。
「本部長、チャカの押収にあたってもそうです。我々の捜査に於いても、事実限度があります。ところが、上から押収1丁につき200万円という報奨金を提示されました。つまり我々に餌を投げ入れた。その為に違法捜査以外にも我々のつてで裏取引までしてきたのじゃないですかね」
「それで」
表情が変わることなく感情のこもらない言葉が私に突き返された。
「月岡もいい奴だった。ヤクザと取引してまでチャかを用立て、上に奉仕してきた筈です。自首性に於ける銃器提示は罰することをしないと、矛盾じみた法律の犠牲者ですよ。その結果、逆に揺すられることになり、公になれば首とはあんまりじゃないですかね」
「何を言うかと思えば、ハハハ。その餌に食いついたのは君達じゃないかね。正義ぶるんじゃない。いいかね平野さん。カネ、昇給、君達にはその為にも、ある程度の無理が許されてきたのじゃないですかね。それに」
一旦言葉を切り、眼鏡を外してレンズを拭き、再びかけ直すと、レンズ越しの目がキラリと冷たく光った。
「それとは別に、君にも特別ボーナスが授かっていると思うんだが。確かに平野さん、君が言いたいこともよく判るが、君の定年まであと2年じゃないかね。私は君の身体を癒すつもりで勧めているんだが。それとも」
目許が笑みで歪んだ本部長が、この先何を言わんとしているか私には判っている。キャリアとノンキャリアの差が如何に大きいものであるかも判っている。その反動が捜査を始め取調べ時に表れてきたのだ。それが正義であるかのように偽りながら…。
そして、如何なる理由を以てしても現場職の首を切ることができることを今、本部長の目が語っているのだ。これ以上何を言っても無駄であることを重圧な空気が私を包み込んだ。首を縦に振り、『そうしたまえ』という意中が伝わる。
この道1本でしか食い扶持の知らない私には、当然脛に傷もある。社会秩序を守るという正義観念を持ち合わせ私はこの道を選らんだが、実際は正義という飾りと権力により国民を欺いていたのかもしれない。言い替えれば、我々現場職は上層部から餌を投げ与えられた番犬でしかなかったと言えるかもしれない。
「と言うことで松崎検事、どのような理由であれ島流しですよ。おまけに女房は行くなら一人で行ってくれと、踏んだり蹴ったりですわ」
「それで私に何か」
そっと腕時計に目を移すと12:48と針が指していた。もしかのことを考えて私は捜査情報理由を以て、昼食時より午後2時までの外勤許可を検事室長から承諾を得ている。午後からの私が担当する被疑者調べがなかったことも幸いしていた。
「ああ、そうでした。つまらない話を聞かせてしまって申し訳ないです。時間は宜しいですかな」
「ええ」
「実はですな、奴のことを憶えていますかな」
「………」
奴とは誰だろう?記憶をまさぐるように見えない人物を模索している私を疑視するかのように平野刑事が言葉を続けた。
「松山のことですよ」
その名前が出た瞬間私の秘部がビクリと呻いた。大腿部に置く手が知らずに握り締めている自分を悟られまいと私は何気なく
「何かありましたか」
と言葉を返した。
松山慎吾…奴の名前がこのような場面で出ようとは。しかし私の身体が否応なしに憶えていたのだ。ドクドク―― 急に生理が訪れたかのような催しを感じた。残酷過ぎる程の感情が再び火を点けようとし始めている。決して忘れていたのではない。言い換えれば、もう一人の私を封印していたのだ。ドクドクドク――― 
もどかしい程の感情が今私の蜜壺を妖しくまさぐろうとしているではないか。平野刑事の目が私を見据える。
「実は」
平野刑事は冷めた蕎麦湯に手を伸ばし口に運ぶ。
「私という人間は、いつからこうも卑しくなったのでしょうかね。以前の事件を憶えておられますよね。私は奴の戸籍謄本をあげたことは、奴が起訴を以て戸籍上で事件関与なきものとして検察側にお返ししています。当然のことですが只ね松崎検事、上層部に於いて何か隠蔽されているものがあるのでは?所謂私の欲目からなんでしょうな、独自に奴を調べようと思ったのですよ」
「………」
成る程。思い当たる節が無いわけでもない。奴に対する警察側の執拗さ何やら異常じみたものを感じていたのは事実である。それが今何故に…
「結果を申し上げましょう」
私は思わず身構えてしまった。ドクドクドク―――、心臓の高鳴りなのか、それとも蜜壺の疼きなのか、私の身体に何やら火照りを感じる。
「実はですな、奴はネンショ、いや失礼。つまり少年院に入る前に度々父親に殺されかけているのです。ところが警察は、あ、私も警察官でした。いいですか松崎検事、奴はそのことを警察に訴えているのです。ところが、警察は奴の言葉を聞き入れるどころか、逆に言われもない事件でパクり…逮捕してしまったのですよ」
何故だろう。何故私は奴の話にこうまで聞き入ろうとするのだろうか。疼く蜜壺はまるで魔法にかかったように濡れ始めようとしているではないか。『いや…やめて…』心の中で抗おうとすれば、嘲笑うかのように疼こうとする。何なの私は…
「どうかなさいましたか」
「いいえ。それで松山慎吾は」
見透かれているのだろうか、刑事という者は何故こうも人の心の奥底を覗こうとするのだろうか。一種の職業病であろうか。ヤクザと詐欺師を2で割ったような目に私は何やらおぞましさを感じながらも、慎吾のことを知りたかった。えっ慎吾…バカな。何を私は言っているのよ。
やはり私の身体は松山慎吾を憶えていた。もし自制心がなければ、きっと私の指は蜜壺をまさぐっていたに違いない。現実に松山慎吾を想像するだけで疼くのだから。既に平野刑事は私を見透かしているかも知れない。『それがどうかしたのかしら、ウフフ』もう1人の私が女を剥き出そうとしているのを押さえつけるように私は平野刑事の言葉に耳を傾けた。
「判りますか松崎検事。要するに奴は謂れのない事件で少年院に押し込まれてしまったのですよ。ところが奴は逃走を企てた。僅か1週間の逃走劇なんですが、未だに奴の当時の逃走経路が掴めていないのですよ」
「ちょっと待って下さい平野刑事。彼の少年院時代と言っても、もう何年になるのでしょうか。それに、その少年院時代と今を結びつくものが私には判らないのですが」
そうよ、考えてみれば平野刑事は何を結びつけたいのか?このことが前回の河村事件に関連しているとでも言いたいのかしら…。詰まらない話なら聞きたくない。そうでしょ、もう1人の私。今私が求めているものは、快楽。妄想に溶け込む甘味な戯れだけなの。そんな気配を読み取ったように平野刑事の言葉が容赦なく続けられた。
「肝心なことを言えば、これは私が独自に調べ上げたものなんですがね、奴が少年院に戻ってからの1ケ月後に父親、ま、戸籍上では実父ですがね、奴に面会した後日に家近くの溝川で亡くなっているのですよ。いや、松崎検事、当然奴にはアリバイが成立していますよ。それと」
「……」
平野刑事の言葉に私の心臓が踊る。そして何故か不安がのし掛かる。それでも、『もう1人の私、貴女は奴を求める訳なの?』そうだわ、何かが動き始めているかもしれない。そう言えば今日のFAX…
「前回の事件での河村。少年院での所謂松山慎吾と同期なんですよ。河村はそのことは話していませんがね」
「!?」
「松山慎吾。奴が本当はどのような素性なのか私には判らない。只、近隣者は何かを隠している。何故それを言うかというのはハッキリ申して、自殺する理由が見当たらない。そして、捜査が急に打ち切られているのですよ。まして司法解剖もせずにですよ」
私はその時、何かを言いかけようとしたが、もう1人の私が押し留めたのだ。