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第37話

Vol.4
「お客が気にしているようだし、その話は何れということで。それよりも」
「松山さん、アンタという人はワハハハ、じゃ、こうしときましょ。何や彰子ちゃんの誕生日ということで、お互い譲り合いましょ。そして松山さん、付き合いさせて貰っているのは私ということを判って頂きたい」
そう言うと金さんは慎ちゃんの言葉を制し、手を打って長居を呼び寄せ
「此処の支払いは私がするよってに。それと向こうのお客の勘定も済んでいると言って欲しいのや。うんそうや、私が支払うよってにな」
そう告げると「ちょっとすんまへんな」と断わり、中居と調理場に赴いたんだよ。
「慎ちゃん、向こうの人なんだけど……」
「ククク気になるか彰子。今日は特に邪魔させないさ」
「どういうこと?」
彰子の言葉に応えることなく慎ちゃんは何かを楽しむように笑っていた。その時慎ちゃんの携帯が鳴った。
「松山君、返事だけでいい」
「判りました」
「一緒だそうじゃないか。宜しく頼んでおくよ。それと今夜神戸に入るそうだが」
「流石ですね」
「今日は私が仕切らせて貰うよ。いや遠慮はいらん。呉々も頼んでおくよ。ところでだ松山君、その声は何とかならんかねウハッハッ」
一方的に切れた会話に慎ちゃんは「クスッ」と少年のように笑っていた。
「えろう待たせて済みませんな松山さん。さ、食事にしましょ。それと松山さん、この先は何も言いっこなしでっせ」
席に戻るなりの金さん。続けて長居が京懐石料理を運んできた。
「うわ~、豪華。キャハ」でもこれって、もしかしてスッポンもある訳…。それに昼からこんなに食べられないよ。あっ、慎ちゃん今夜の為に?キャハハハ。

献立¥20,000
猪口
青梅白ワイン煮 ワインゼリー 八寸
蛸の子 小茄子翡翠煮 玉子味噌漬け 花付胡瓜・ひしお味噌 太刀魚南蛮漬け
枝豆 烏賊酒盗焼き 川海老艶煮 鴨川ごり 向付
明石天然鯛 車海老 黄韮 山葵
鱧落とし 花穂紫蘇 梅肉醤油 煎り酒 蓋物
穴子飛龍頭 京いんげん 木の芽あん 焼物
鮎塩焼き 蓼酢 中猪口
炙りばちこ 白ずいき 冷し鉢
夏野菜の煮凍り (加茂茄子 白アスパラ 貝柱 赤パプリカ 小松菜 三つ葉)
トマトソルベ 柚子 強肴
順才鍋 すっぽん 順才 柚子 御飯
新生姜御飯 三つ葉 留椀
新玉葱擂り流し 小玉葱 赤万願寺唐辛子 七味唐辛子 水物
黒蜜のアイスクリーム フルーツみつ豆
又は オレンジの蜂蜜のアイスクリーム 甘夏羹
~京都の料亭 菊乃井より参照~

大きな座敷テーブルは懐石料理で埋まる。そして中居の1人が
「金社長からです」
と金糸で結ばれた祝儀袋が彰子の席に置かれたんだ。
「えっ?」
祝 ご誕生日と毛筆による達筆な文字が記されいた。慎ちゃんの顔を覗くと「ククク」と笑っているだけ。お前は鳩かよ!と思いながらも、断るべきだよね―― と目で訴えたんだ。
「おめでとうさん。彰子ちゃん、アンタが受け取ってくれんと、私はこの銀行袋持って帰れませんのや。さ、早よバックに仕舞いなはれ」
「けど…」
「けどもデモもありませんのや」
「ククク、金さんには敵いませんよ。ありがとうございます」
漸く慎ちゃんが口を開き頭を下げたんだよね。と言うことはテヘへ、貰っていいんだ。
「ほれ彰子、お前も礼を言うんだ」と言いながら彰子の頭を押さえたんだよ。
「あの…ありがとうございます」
「それで宜しいおま。一件落着ですわな。ハハハハ」
「ククク、子供には大金だなクククククク」
「フンだ。いつまでも子供ではありません。本当に金さん、ありがとうございます」
そして食事が始まったんだ。けど、さっき慎ちゃんに掛かってきた電話、誰なんだろう?まさかね。

「ヤクザは儲かるのですかね」
「フフフ今はな。村野が遣られたよ」
「えっ」
「『ちぇりーpink』だよ。だから新人はまだ職務を把握できていないから困る」
「………」

満腹だよ。スッポンも凄く美味しかった。
「松山さん、この日本の国は本当に民主主義なんですやろか」
「さあ、俺には何とも言えませんよ。それよりも金さん、例の件はククク、関東にも聞こえていますよ。タクシー屋がどう動くかですがね」
「う~ん。」
「ま、この話は別の機会にしましょう。金さん、今日は本当にありがとうございます」
慎ちゃんの言葉を最後に食事を終えたんだ。そして金さんと彰子達が『味よし』を出た後のことだったんだ。

「既に会計は頂戴しておりますさかいに」
「いや、そう言う訳にはいかんのですよ」
「そない言われはっても先に頂いてますから、やはり代金は受け取れませんわ」

キャハハ、金さんが
「彰子ちゃん、後で面白いものがみれるよってに」
と言っていたのが、この事だったんだ。キャハハ、電話している。

「主任、私も遣られました」
「何をだ?」
「会計を受け取ってくれんのです」
「ふん、そんな事は最初から判っていることや。奢って貰っとき。兎に角、お前は電車移動や」
ホンマに小憎たらしいガキやで。何を企んでいるのかさっぱり判らん。それにしても室長でさえ何を企んでいるのかさえ判らんのや。ヤクザを追っているのか身内を洗っているのか
出店稼業も暗い任務や。
まさかヤクザしているとわな。ましてこの関西で。しかし何故なんや…?まして3次団体の幹部で留まっているとは…。 

「宮嶋主任、室長から電話です」
「繋いでくれ。―――おはようございます。はい、今夜のホテル◎☆ですか、判りました」
1995年1月、都内のホテルで、自民党実力者の1人である小渕恵三の会(未来産業研究会)が開かれた。会は2部形式で1部は講演会、2部が宴会である。所謂献金パーティーというやつやな。
私の本来の所属は公安調査庁(PSIA)である。破壊活動防止法などの法令に基づき、日本に対する治安・安全保障上の脅威に関する情報を収集・分析する情報機関。法務省の外局。略して「公安庁」・「公調」である。

内閣官房内閣情報調査室、警察庁(警備局)、外務省(国際情報統括官組織)、防衛省(情報本部)とともに、内閣情報会議・合同情報会議を構成する日本の情報機関のひとつ。
破壊活動防止法や団体規制法の規制対象に該当する団体であるかどうかの調査(情報収集)と処分請求を行う機関であり、調査活動の過程で入手した情報を分析・評価し、政府上層部に提供している。
公安調査庁が処分請求を行った後に、その処分を審査・決定する機関として公安審査委員会が設置されている。
調査対象組織(国家)内部に「協力者」(要はスパイ)を獲得し、これを通じて情報を入手することを目指して「工作」活動を行っている。
特高警察関係者が創設に関与した経緯から白眼視されることがあるが、特別司法警察職員とは異なり、逮捕状、捜索差押許可状等を裁判所に請求したり、発付された令状を執行する権限はなく、逮捕権や強制調査権限は有さない。資料の収集分析、スパイを使って情報を流させるなどの純粋な調査活動が主であり、逮捕権や強制調査権限の点で公安警察と異なる。

講師は京セラ会長の稲盛和夫である。
「おい、あの若い奴やが誰かに似ていると思わんか」
講演を真剣に聞き入っている青年に目が止まったのや。

「私が日頃考えていることをお話してみたい。現在の日本は、政治も経済も大きな転換点を迎えている。日本人の価値観を転換しなければならない。
日本の近代史をひもとくと、日本は80年ごとに、40年ごとに転換期を迎えてきた。日本が幕藩体制から明治維新へと変化をとげ近代国家になったのが、だいたい1865年ごろである。富国強兵が合言葉になった。そして40年後の1905年、日本はロシアを敗った。極東の小さな国が大国ロシアを敗ったのだから、日本政府も国民も熱狂してしまった。 当時、私は旧制中学1年生だったから軍国主義教育を受けていた。国のために死ぬことが男子の誉れであると教えられて生きてきた。そこへ敗戦駐留軍がやってきてこれからは主権在民だ、民主主義だ、今日から国民が主権者だ、公務員はパブリック・サーバンド(公僕)で国民が主役だ、ということになった。それこそ衝撃的な価値観の転換であった」
稲盛和夫は1度言葉を切り、口にグラスを運んだのや。
「う~む…あの目許と耳形、沖野判らんか?」
「いや~芸能界にはあの手が結構いますからね」
そうか俳優か?それにしても結構入っているやないか。開場を見渡しながらも、やはりあの青年が何故か気になって仕方がない。
再び稲盛和夫が話し出した。
「要するに、明治維新から40年で日露戦争に勝ち、そのままの価値観で突っ走って敗戦を迎え、そして民主国家に生まれ変わった。
先輩たちの努力で経済復興がなされ、40年後の85年には、日本は経済大国になった。日本の国際収支が大幅黒字となり、日本の輸出は怒濤のように拡大していった。そんな中で85年、ニューヨークのプラザホテルで、ドル防衛・円高容認のプラザ合意がなされた。すなわち、日本経済がこれ以上強くなることは、世界秩序を維持する上でよくないということが国際認識となったのだ。日本に価値観の転換を求めたわけだ。
だが、その時の10年、日本はどうしたかというと、さらに経済を強くしようとしてきた。円高をいかにハネ返すかに努力し、そして今も続けている。その結果、94年は1300億ドルという巨大な黒字になった。GNPは16%で世界第2位。100円をこえる円高だというのに相変わらず大きな黒字だ。
10年前、欧米の認識はこれ以上の日本の一人勝ちはよくないというものだった。放置すれば世界秩序がこわれてしまうと。だから市場開放を迫ったわけだが、日本は内政干渉だ、外圧けしからんとはねつけている。価値観の転換を拒絶しているのだ。
今改めて世界は、日本に何を求めているのだろうか。戦後の日本は経済を強くしようとした。そのために自分の国、自分の会社を豊かにしようとがんばってきた。これはいうなればエゴだ。利己といってもいい。自分だけよければいいという考え方だ」
そう言うと一呼吸するようにグラスに手を向けた。
その光景を真剣な眼差しで見ている青年がいた。
「これに対して世界は、日本に他者との共生を求めているのだ。日露戦争後の日本に対して世界が軍縮による共生を求めたのと同じように、現在も世界は共生、協調を求めている。
政治もまた、変革を求められていると思う。現在の日本の政治家のパターンは、明治の政治家のパターンそのままだ。まず政府、国家がある。国会はというと、行政のチェック・アンド・バランスのためにしか存在しない。明治の右翼的な壮士のイメージと同じだ。戦後、国家体制は変わったはずなのだ。民主主義が導入され、国民が主権者になったはずなのだ。国民の代表者である代議士が国会で立法し、また改廃するはずだった。しかし、実際には、そうなっていない。政治家は法律をつくってはいけない。政府のやってることを国会で追及するだけに甘んじている。これでは明治のスタイルそのままだ。
政治家は何をしてるかというと、選挙区の利益にばかり目を向けている。利益誘導型の政治だ。
明治・大正の天皇制下の非民主的スタイルといっていい。だから行政改革など出来るわけがない。
国民のために小さな政府をつくろうとか、物価を安くするために規制を緩和しようなどという発想がそもそもない。これをやるのが政治家だ。法律をつくればいい。既存の法律を改廃し、規制緩和をするのも政治家の役目だということを、政治家は忘れている。
戦後、主権在民になったにもかかわらず、官の組織には手をつけなかった。当時の混乱を避けるため駐留軍は官を温存してしまった。それがために戦後も生き残ってしまった。
彼ら官僚の意識は、今でも天皇制のもとで日本をおさめていると思っている。自分たちは上である。国民をおさめるお上というエリート集団、国民を指導し、善導するという思想を持っている。戦後、しばらくの間は駐留軍が公僕を吹聴したから国民に支える人という考えもあったが、現在では公僕という言葉が全く聞かれなくなってしまった。
官僚は、ともすれば国民を指導し、リードしようとする。つまり国民に任せると何をするかわからないと考えているのだ。無知は国民をわれわれがリードしていくと自負していて民を信頼していない。
彼らは国家のためと言っているが、その実、省のため、局のため、課のために働いている。官僚を国民のために働くという価値観に変える必要がある。
民の方もまた価値観の転換を求めている。世界は輸入増を求めている。そのために規制緩和を求めている。われわれは今から15年前まで保護貿易をやってきた。自動車が強くなるまで欧米車の規制を行ってきた。日本産業を保護してきた。当時から、米国は自由貿易を標榜していた。
いま日本は自由貿易を叫んでいる。ならば米国のいう数値目標を受け入れたらいい。欧米と同じルールを受け入れる必要がある。一人勝ちは許されないのだ。世界との共生を受け入れる以上、自己犠牲をいやとはいえない。
利己から利他への価値転換が民にも求められているといっていい。これが世界の潮流である。バブル経済が抱懐した中で金融界、証券界、ゼネコンの不祥事が発覚したが、もうけるためには手段を選ばずといった日本の体質が露呈された。裏社会の人脈も暴かれた。今までのエゴ、利己というウミが出たのである。エゴから世界との調和へと向かわなくてはならない。この辺でほどほどにしようということだ。価値観の大転換を迫られている。日本は世紀末から21世紀へ向かう今、大きな価値観の転換を図らないと、それこそ世界の孤児にになる」
京セラ会長稲盛和夫がにこやかに頭を下げると割れんばかりの拍手が沸き起こった。
~天皇の官僚参照~