第4話

検事側証人
35
2019/05/31 03:53
公判3回目。 
私は河村安男並びに守田稔を検事側証人として出廷させた。
守田稔は河村安男と共に中国女性と偽装結婚をした河村の片割れてある。出廷期日の公判開廷1時間前に供述調書の真実性の再確認をしている。
「河村さん、実際はどうなの?貴方は本当に松山のキャデラックの中で脅迫されたの?」
「確かにキャデラックだと思いますねん。只警察でも車種については、ハッキリ憶えておらんと言ってますんやけどなぁ」
「それは通らないわ。だって貴方の供述調書にはハッキリとキャデラックを認めているのよ。ここのところは調書通り法廷で証言して下さい」
「かなわんなぁ…」

午後イチの開廷。つまり午後1時からの最初の開廷である。脳裏に浮かぶ奴の目が既に私を見透かしたように笑っていた。
「ふん。バカバカしい。さあ勝負をしましょう。女好きの松山君」
「ククク」
そう。奴が時折見せる冷めた笑いが目に宿る。私は奴を意識しはじめているの?それはない。あんなチンピラヤクザと私を比べるなんてバカバカしい。私は自分の不安を払い除けるように『いつもの私らしくない』心の中で叱咤しながら、奴こと松山の公判に検事としての意地を賭け挑むことにした。
「貴方がgameと言うのなら、この私がチェックメイトさせてあげるわ。ギャング気取りの松山君」
私は目で奴に言い放った。
「クク、ククク」
フフ、そうやって何時まで笑っていられるかしら。

それにしても幹部である松山の公判には組関係者の姿が見えない。何故…?
「奴は、ああ見えても非常にプライドが高い男なんですよ。自分が晒し者になっている姿を見せることを嫌うのです。ですから会長さえ来ないでしょ。何かがあると我々は探っているんですがね」
「子分と言うのかしら…松山にもいるのでしょ」
「確かにいます。だが検事さん、奴の言葉は絶対なんですよ。只…」
「只?」
「いや、推測上の話は辞めておきましょう」
奴が逮捕された後の1回目の公判でヤクザには珍しく傍聴席に関係者が姿を見せていないことに、私は何等かの疑念を感じ奴を取り調べた刑事に事情確認をした。当然キャデラックの件もクレームをつけたのは言うまでない。
開廷前に私は取調べ官である刑事の言葉を思い返していた。―――― 成る程、プライドが高いか…それにしてもキャデラックの件は警察側のミスであることは拒めない。さて、どう崩すか?
「河村。ミスは許されないわよ」
どうやら私の思いが河村に通じたようだ。
「クク。到(連)何處イ尓翻倒?(ダオ (リエン) ホ- チュ- ニ- ファン ダオ?何処までお前は転がる?)」
「…………」
河村が証人台に歩を進めた時、奴は確かに何か言った。山下判事の顔も少し歪んだのは間違いない。独り言…それとも脅し!?確かに今まで接したチンピラヤクザでないことが判る気がしてきた。
「河村さんに再確認させて戴きますが、松山所有のキャデラックに乗せられたのは供述どおり間違いないでしょうか」
「間違いないです」
――― 河村の証人質疑を始めている途中、ぞよぞよと背筋に悪寒が走った。奴は河村の存在を感じていないのか、何かを焼き付けるように私を見ている。黒すぎる程の奴の目色に宿るのは……『子供?』いや違う。吸い込まれそう。恐らく、その甘美過ぎるようで抗いを砕くその視線に女は弱く、母性本能を刺激されることを知ることになるには、そう長くはなかった。一切の観入を赦さない強さを秘めながら視点には甘美な慈しみの混合、どのように例えればいいのかしら…そうだ、宝石に例えるならば、愛欲に満ちたルビー。私は奴に魅せられ始めているのかも知れない。
確かに私は処女ではない。女としての性的なる悦びも知っている。しかし、一人の女としての今日迄の中で初めて感じる目色。女…オンナ…雌…『!?』奴には私を検事と見なしているのでなく一人のオンナとして見定めているのだ。卑しくもそう感じ受けた時、私は神聖なる法廷を穢すように一人のオンナを演じてしまった。隠することの出来ない事実であることは、私の躰が証明していた。
自分の内なる欲質に抗うように私は席を立ち、証人台の河村の下に彼の供述調書を手に歩を進めた。安っぽい机。時に証人席となり、悪を懲らしめれ被告席となりうるわけだが、双方に課せられることは『宣誓書』だ。一切嘘偽りのないことを宣誓する。「言いたくないことは黙秘権があるのでこたえなくてもよい』と神なる判事が宣告するが、法廷に於いての宣告など飾りに過ぎない。まして法廷に導かれた罪人が嘘偽りを吐かない訳がない。事実河村の供述調書にどれ程の信憑性があるのかさえ、検事の私が言うのもなんだが、法廷は証拠に基づきながらも騙し合いと駆引きの戦場であるのよ。検事側はより重い有期刑を企み、弁護士側は無罪ないし軽罰を挑む。本当にこの法廷が神聖なる場所であるのかと問われれば、疑わしきを抱くも『正義』を口にする以外はないのである。そもそも罪人に正義があるかしら。髪をかきあげる。『何故?』スカートの裾に目を配る『何故?』
獲物を逃がすまいとする奴の甘美な毒毒しさを含んだ視線。証人席に着座する河村の前にある机に私は上品に膝を折り供述調書を卓上に置いた。その時私はオンナを演じている自分に気づいた。そう。私は検事である前に一人の女でありオンナであることを知らされた。
何故こんな時に―――。
河村の後ろに刑務官2人に挟まれた松山慎吾。何てことなの。この神聖なる場において不埒すぎる奴の甘美なる視線を浴びて、私はまるで蝶が花によろけるように、ひとりのオンナ、いや雌になっていた。供述調書における証言度を捉えているのに、思考とは逆に私の身体は甘美なる毒に冒されている。『嫌だ…何故こんな時に…』蜜壺が濡れそぼれている。疼いている。いや欲しがっている、まるで雌猫のように。
違う。違うのよ!私はそんな不埒な女ではない! 覚れまい。此処は穢れを赦さぬ神聖なる法廷なんだ。思わず私は自分の身体に規制をかけるように蜜壺を閉じ努めた。
「臉感覚發焼着ロ拉。ククク。落下了(リエン ガン ジュエファ- シャオ ジャ ラ。ルオ シア ラ顔が火照っているぜ。堕ちたな)」
どういうこと…?見破られいる。何故…たかがチンピラヤクザではないか。違う。奴はチンピラヤクザなんかじゃない。じゃ、何なのよ貴方は!?堕ちたくない、こんな男なんかに!!
判事から許された河村の証人質疑時間の20分がなんであったのか。いや、要点は抑え込んでいる。
「それじゃ河村さん、証人質疑を終わります」
「クク、クククク」
私は河村に労いの言葉をかけながら奴を睨みすえた。でも奴は何故に満足気な目をしているのか?よろけそうな身体を踏ん張るように私は検事席に歩を進める。俯き加減な自分に何故か憐れみさえ感じてしまう。
席に着くと気だるさから開放されたかのように力が抜けるのを感じた。
「……!」
ドロリと流れ出た愛液、自分の中に蠢く不埒なもう一人の私。獣!!私の中に獣が潜んでいたことに目眩を感じた。法廷を包む照明が何故赤く見えるのだろうか…
「クク。 It is totally carnival!」
「被告人は静かに。言いたいことがあれば挙手するように」
「I'm sorry. The judge who is a beautiful woman クククク」
法廷に失笑が洩れた。傍聴席に2人の刑事さえ笑いに釣られいた。「やれやれ。また始まったな(笑)」
そう語っている顔。
法学を学ぶ女学生さえ笑っていた。
「何なのこの人?面白いよね。って言うか、公判てこんなものだっけ?」
バカ、こんな筈がある訳ないでしょ。奴は特別なのよ。でも、不思議な男。
「そうなんですよ。陰があるのですが、憎めない奴ですね。署内で婦警にまで口説くぐらいですからね」
取調べた刑事の言葉を思い返した。
「静粛に。次に弁護側の質疑に入ります」
山下判事も遣りにくいだろう。ああ、それよりも化粧を直したい。ルージュを拭うように不快な私の女の部分を。

「さて、河村さんに伺いますがね、貴方が仰る車の件ですが、もう1度この場で言って下さい」
河村に対する弁護士の質疑が始まった。
「白色のキャデラックですわ」
「河村さん、それではその車中にて貴方は松山君とどのような会話をしたのか」
成る程、要点を衝いてきてるわね。もし私が奴の弁護士なら当然会話を先ず焦点に当てる。セオリー通りだ。ところで、あの弁護士は奴から幾らで雇われているのだろう。
法界に於いては法に基づく金儲けをするなら弁護士だと言う大学の同期生が言っていた。
「安定した収入の確保なら検事だ。それに悪を懲らしめる正義がある。僕なら当然検事職だな。ま、君とは敵対になる訳だか、その時はお手柔らかに頼むよ」
キャンパスでの話題は『正義論』から始まり、最終は『カネ』でオチがつく。正義――――、本当に正義観念なんてものを持ち合わせいるのだろうか… 1つの仕事が終われば、私達は一般社会人と何等変わらない。付き合いでお酒も飲みにいく。
で話題は被告人に対する定評から始まり恋愛話に花が咲き、上司に対する批判。
しかし今話題にあがるのは奴のことだ。
「アイツは法界を嘗めているよな。ま、どんな生い立ちだか知らないが、松崎、さっさと片付けろよ」そうなの。最初はそう思っていた。最初の河村を起訴した時点では。
けど…… 何故この私が弄ばれるの?『うん?』弄ぶ、玩ぶ―― 玩具(おもちゃ)……… 遊ばれているのは私なの?背筋に寒寒とした電流が走る。
奴に犯される。それを歓喜に受け入れるもう一人の私。一瞬の妄想に再び熱を媚びようとする蜜壺を抑えるように脚を閉じた。敗けない。奴に敗けてたまるものか。
供述調書の要点箇所に線を引き、公判の集中に努めた。
ちらりて奴を見る。視線が外れている事に安堵を覚えるも「…!?」息を忍ばせれるように奴の視線を追いかけた。
「……な、何なの奴は!?」
奴の視線を追いかけた先に辿りついたのは、
「……山下美代子判事」
今、貴方の無実を証するための弁護に於ける質疑が執り行われいるのよ。確かに私から見ても山下判事は年齢的には美人だと思う。けど貴方より年上なのよ。なのに…『嫉妬……?』何をバカなことを言っているのよ私は。判事も俯いている。奴の目を知っているんだわ。ふふふ、判ったわ奴の企みが何かを。そう、奴はこの公判を有利に運ぼうとしている。やっぱり奴はチンピラヤクザだわ。法廷をホストクラブに仕立てようとしても残念。現実はドラマのようにいかないの。山下判事、そうでしょ。まさか!?判事、貴女の顔に浮かぶ艶は何を意味している訳?
ちょっと、書記官に委せっきりでイイ訳?確かに公判記録は録音される。
奴を見る。目が笑っていた。何?嫉妬にもがいているかですって!?バカな。何?奴の口が小さく動いている。
「あ・い・し・て・る・ぜ」愛しているですって!?誰を?私を?バカ!!何故私が貴方に愛される訳?頭が可笑しいんじゃないの。『ムリ!!』貴方に有罪をフレゼントしてあげるわ。駄目よ、もう1人の私。邪魔をしないでくれる。奴の弁護記録を確認するわよ。

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