第20話

17
528
2020/11/28 01:11
久しぶりに、君の煙草の匂いを感じた。



なんだか変に胸騒ぎがして振り返る。ああ、やっぱり。見間違えるはずもない、ずっと探してた。



人混みと雑踏の中で君も振り向いていて、まるであたしたち『君の名は。』みたいじゃない?なんて。



君の名前を呼びたくて、でも呼べずに口籠る。



あたしは、蒸発したホストに掛けるべき言葉のストックなんて便利なものを持ち合わせてなかったの。



「……みのり、」



消え入りそうにか細い声。



途端に愛おしさが込み上げてきて、馬鹿みたいに高い12㌢のピンヒールを甲高く鳴らして駆け寄った。



言いたいこと伝えたいこと話したいことはいっぱい、星の数よりも運とあるのに、ひとつも出てこない。



ただ、涙が溢れる。人目なんて気にせず、君はあたしを強く抱きしめてくれた。痛いぐらいに。



それだけでよかった。言葉なんてなくても。



あたしの贔屓にしてるバーを開けて貰って、あの頃みたいに並んで座る。



カルーアミルクと、炭酸水。君は何も言わなかったけど、その横顔に全てを察した。



「お久しぶりで」



真っ直ぐ、正面を向いて言う。



「お元気でしたか」



「うん、お陰様で」



言いたいこと、聞きたいことはいっぱいあるはずなのに、



ポケットの底を攫っても見つかるのは君の跡をなぞってた女々しいあたしだけ。



甘ったるいカルーアミルクを傾けた。



「わたし、キャバクラ辞めたんです。歌舞伎町の空気に呑まれてしまいそうで。



 半年前に辞めて。あ、まだ新宿で呑んでますが」



くすくす、自嘲。一度夜の蝶になった女は、一度吸った甘い蜜を忘れられず戻ってくる。



一度染まってしまえば、もう2度と戻れない。

プリ小説オーディオドラマ