「いらっしゃいませ」
ボーイが珍しそうな顔をして、あたしとユミの顔を交互に見比べた。
「この子、同僚なの」
納得したような表情で、あたしたちを席に案内してくれた。
顔見知りのホスト、イツキさんがユミの隣に来て、すんと座った。
ユミは、イツキさんの顔がタイプなのか知らないけど、キャバ嬢のくせして満更でもなさそうな顔。
まあ仕方ないか、イツキさんは格好良いから。
「もうすぐ楓くると思うし、そんな怖い顔すんなって」
ははっ、と軽々しくイツキさんが笑った。あたし、そんな怖い顔してた?
「そういえばなんて名前?」
「ユミです」
「ユミちゃんね、おっけ覚えた。ユミちゃんは同僚なんだよね?」
あたしを見て、イツキさんが言った。人懐っこい笑顔。犬っぽい。
「はい」
「流石だよね、やっぱりふたりとも美人だよ。俺行こっかなあお店」
「やだ、イツキさん冗談きついですよー。みのりちゃんは綺麗だけど私ブスだし」
「ユミちゃん謙遜しなくて良いのに。美人だよ可愛い」
イツキさんとユミがいい感じになってるのを感じて、あたしはぐるりと店内を一周見回す。
君は、いない。くすんだ銀髪から艶めいた金髪に染め直した君の派手髪が見えない。
バックヤードの入り口に目を凝らす。今ばかりは薄暗い照明に腹が立って仕方ない。
あたしはこんなにも、こんなにも、思い焦がれてるのに、どうして隣にいてくれないの?
でも、それさえも仕方なく思える。だって、あたしは嘘つきだから。
「___あっ」
思わず声が漏れる。気怠そうに首を鳴らしながら出てくる君の姿。
ぱちり、と目が合って、すぐに逸らされた。寂しいけど、仕方ないのかなあ。
視線を彷徨わせる。イツキさんと目が合って、ふっと笑った。
「……呼んでこようか」
「お願いします」
もはや藁にもすがるような思いで。
あたしから引いた癖に、離れていかれるとまた追いかけるなんて、ただの馬鹿な子じゃない。
立ち上がった、イツキさんの赤いジャケットが揺れる。
「……みのりちゃん、ホストにはハマっちゃダメだよ」
ユミが、真っ直ぐ向こうを見つめて真剣にいった。
「私達が偉そうに言えることでも無いけど、あの言葉にほんとのことなんてないような気がするよ」
じっ、とあたしの目を見つめる。
「ごめんね、ユミ」
あたしは、もう誰に何を言われたってあの人が好きなんだ。
「あたし、もうあの人に狂わされたから戻れないや」
イツキさんが、嫌がる君を連れて戻ってきているのが見えて、あたしはカルーアミルクを喉に流し込んだ。
むせる。やっぱりあたしはお酒に弱いらしい。
君の冷たい視線。テーブルに視線を彷徨わせた。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!