君があたしのうなじをそっと撫でる。細くて骨っぽい指が擽ったい。
丁寧に毛先まで巻いたあたしの髪を、君は指に巻きつけて、離した。
まるで壊れ物を扱うみたいに馬鹿丁寧で、優しくて。
君の服から煙草の煙たい匂いがした。
シャンパングラスを傾ける。驚いたような顔をしてそれを見つめる君。
「カルーアミルクじゃないの」
「あたし、慣れちゃって。お店ではこっちも呑むようにしたんです、その方が馬鹿みたいだし」
傷ついたような、悲しい顔をされる。憐むような顔しないでよ。
傲慢な嘘つきが強いんだよ、君だって知ってるでしょ?
「……そっか」
お願いだからそんな同情じみた顔しないでよ。
生温い同情なら聞き飽きたし、もういらない。どんどん惨めになってくだけだし。
「今日はもう、帰るわ」
君が席を立つ。待って、なんて引き留めようとしたけど、君の背中はすり抜けてくばかり。
ソファに座って立ち上がれないまま、君がお会計をしてる後ろ姿を見ていた。
ピンヒールの高い音がして、振り向く。ユミ。後ろめたさに俯く。
「あの人って、みのりちゃんが貢いでるホストだよね」
「……そうだけど」
ああ、なんでこんなタイミングで君は来たんだろ。
ユミに背中を向けたまま話す。少しずつ背中が丸まっていくのがわかる。
まるで、あたしにとって君の存在が汚点だとでも言うように。
「みのりちゃんがどうしようが確かに私には関係ない。だけど同僚として、友達として言うけど」
ユミの声が、硬い。
「ただのエースとしか思われてないよ」
あたしだって馬鹿じゃない。そんなことぐらいわかってるし気付いてる。
どんだけ頑張ってもどんだけ貢いでも、所詮ホストと客。距離感は、壁は越えられない。
悔しいけど。
「そんなことわかってるよ。だけどあたしは、あの人に貢ぎたいの」
寂しがり屋な君に。その言葉はぐっと胸の奥に仕舞い込んだ。
あたしは、寂しがり屋で天邪鬼でうさぎみたいな君を放っておけないの。
放って置いたら、寂しさに死んでしまう気がするから。そんな気持ちから始まる恋だって素敵でしょ?
「……私はもうなにも言わないから」
踵を返す。背中に感じる刺々しいヒールの音。ひとり取り残されて、胸が痛い。
そうだよ、あたしだって辞めれるもんなら全部辞めたいよ。
こんな馬鹿みたいな恋。こんな恋終わらせてしまいたいよ。
だけど辞めらんないの、君を放っておけなくて。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。