第17話

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2020/11/11 12:59
煙草の煙を、汚れたアスファルトに吐いた。君のお店の入ったビルを見上げる。


"君がいた"お店って言ったほうが正しいのかな。君が何も言わずにいなくなってから暫くが経った。


ああ、君が吸ってた煙草の銘柄、訊いとけばよかったな。


君がいなくなってから煙草を吸うようになったけど、いつまで経っても君のようにはなれそうにないの。


「煙草なんて吸うなよ」


なんて、君は笑ってくれるかな。ネオンの向こうの真っ暗な空を見上げる。


ピンヒールの音をさせながら歩いた。


たまに思い出すの、煙草とお酒の匂いの君のキス。甘酸っぱくて大人っぽいセックス。


ねえ、あたしのあげたクロムハーツのネックレス、まだ持ってたりする?


まだお酒は飲めないまんま?


虚しくなって、くすくす笑った。馬鹿みたいね、あたし。


いなくなった人をこんなにも思い続けてるなんて。


ホストが蒸発するなんて、別に珍しくもおかしくもないこと。なのにな。


君がお店を辞めたって知ってから、必死で何度もLINEを送ったけど、既読さえ付かなかった。


最後まで人が忘れられないのは匂いなんだって。


あたしもうまく忘れられないまんまだよ、君の煙草の匂い。曲がり角を曲がった瞬間、不意に感じる君の匂い。


傲慢でずる賢くて寂しそうな匂いを。


泣いてしまうんだ、耐えきれずに。君に会いたくて堪らなくなる。


寂しそうな君の横顔は昨日のことみたいに思い出すのに、君はもうあたしの頬を伝う涙を受け止めてくれやしない。


手放してしまってから、離れてしまってから大切さに気づくなんて皮肉。


ねえ、あと一度だけでいいから抱きしめてよ。


「もう泣くなよ」


なんて言って笑って、この涙を拭ってよ。君の好きな、あたしの香水の匂い、手首につけるたびに泣きたくなる。


「俺、この匂い好きだよ」


笑ってよ、あたしの手首を取ってさ。いつもみたいに鼻を鳴らしてよ、犬みたいに。


いつか君に会えたとき、匂いで思い出してもらえるように。


冬の匂いと謳われる香水を春になった今もつけてる。あたしが、ただの恥っ晒しになる前に迎えにきてね。


暗くて傲慢でちょっぴりずる賢い君の横顔。キスの後の悪戯っぽい笑顔。あたししか知らないその君の顔、も一度見せてよ。


ねえ、あたしのことまだ覚えてる?


忘れないでね、あたしのこと。たまには思い出してくれたっていいんだよ。


君の思い出が散りばめられた街。君の煙草の匂いがした気がして思わず振り返る。


でもやっぱり君はいなくて、寂しくて。



「また、何処かで」


     完

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