第5話

厨房の王子様
869
2022/03/20 01:00
夜の21時。
夕食のお膳を下げて厨房に向かうと、そこには明日の仕込みをしているのか、奏人くんがいた。
奥永 花世
奥永 花世
お疲れ様です
桜森 奏人
桜森 奏人
あれ、お疲れ様、花世ちゃん
あ、ケーキあるよ
いつぞやと同じく、奏人くんがケーキをくれる。
小ぶりで、かわいらしいチーズケーキだ。
奥永 花世
奥永 花世
わ、このチーズケーキも美味しい
桜森 奏人
桜森 奏人
でしょ。
これはスフレチーズケーキっていってね。
溶けてなくなっちゃうでしょ
奥永 花世
奥永 花世
ホントに……すぐなくなっちゃう……
奥永 花世
奥永 花世
奏人くんは、いつもこの時間までやってるの?
桜森 奏人
桜森 奏人
そうだね、基本的にこの時間はいるかなぁ
奥永 花世
奥永 花世
厨房の仕事って、やっぱり大変なんだね
奥永 花世
奥永 花世
(ご飯を運ぶときに来ても、奏人くん忙しそうだし……)
桜森 奏人
桜森 奏人
でも俺、ここで働けて幸せだよ
かわいい大河もいて、今は花世ちゃんもいるんだから
奥永 花世
奥永 花世
奏人くん……
仕込みの手を止めて微笑む奏人くん。
その優しい笑顔に、心が温かくなる。
桜森 奏人
桜森 奏人
花世ちゃんは? 最近どう?
奥永 花世
奥永 花世
私も良くしてもらってるよ
奥永 花世
奥永 花世
バイトも初めてだけど、大河くんがついててくれるし
お客さんも良い人達だし
桜森 奏人
桜森 奏人
うんうん、いいねぇ
奥永 花世
奥永 花世
……あ、そうだ。
ねぇ、奏人くんに一つ相談してもいい?
桜森 奏人
桜森 奏人
俺でよければなんでも
奥永 花世
奥永 花世
私の担当してるお客さん……有栖さんと夢咲さんなんだけど
二人を食事面でサポートできないかなって思ってて
桜森 奏人
桜森 奏人
二人とも体調悪いの?
奥永 花世
奥永 花世
似たような感じかなって
奥永 花世
奥永 花世
有栖さんはあまり運動もしないし、徹夜してすぐ倒れちゃうから心配で……
夢咲さんもずっと寝てて食べる量も少ないし……
桜森 奏人
桜森 奏人
確かになぁ。
花世ちゃん、意外と問題児を引き継いだね?
奥永 花世
奥永 花世
えっ! そ、そんなことは……
桜森 奏人
桜森 奏人
あははっ! 花世ちゃんは良い子だねぇ
桜森 奏人
桜森 奏人
食事面は俺に任せてほしいな
奥永 花世
奥永 花世
ほ、本当?
桜森 奏人
桜森 奏人
料理については誰にも負けたくないからね
食事については、大河からも相談を受けたことがあるんだ
奏人くんはそう言って一つのファイルを取り出した。
桜森 奏人
桜森 奏人
宮東さんが野菜を全然食べてくれなくてさ
奥永 花世
奥永 花世
なんか想像できるかも……
桜森 奏人
桜森 奏人
やっぱそんな感じなんだね
それで、ちょっと負けず嫌いが出ちゃった
奥永 花世
奥永 花世
奏人くんって昔からご飯については負けず嫌い出るよね
私も、奏人くんのおかげでピーマン食べられるようになったし
桜森 奏人
桜森 奏人
残されると悲しくなっちゃうんだもん
桜森 奏人
桜森 奏人
宮東さんも、花世ちゃんみたいに野菜独特の苦みが嫌だったみたい
奏人くんが見せてくれた資料には、野菜をどう調理してどう思わせるか、まで書いてあった。
桜森 奏人
桜森 奏人
最初は野菜だって認識させずに食べてもらって、徐々に形を大きくしていくっていうのが王道なんだけどね
桜森 奏人
桜森 奏人
宮東さんは味に敏感で……
奥永 花世
奥永 花世
もしかして食べてもらえなかったの?
桜森 奏人
桜森 奏人
そう。もうほんっとに悔しくて
その後も警戒して全然食べてくれなくなっちゃって
奥永 花世
奥永 花世
まだ対決中?
桜森 奏人
桜森 奏人
ううん、俺の勝ち
いたずらっ子の様にピースして見せた奏人くんは、一枚の写真を見せてくれた。
小鉢に入った、色とりどりの煮物。
花形のニンジンや、添えられたさやえんどうが堂々と乗せられている。
奥永 花世
奥永 花世
えっ、これで? この煮物で食べてくれたの?
お野菜、たくさんあるけど……
桜森 奏人
桜森 奏人
ふふ、実はね、このオレンジ色のものはニンジンじゃないんだ
奥永 花世
奥永 花世
えぇ!? そうなの?
完全にニンジンだよ……
桜森 奏人
桜森 奏人
これは、ニンジンに似せた麩なんだよ。
ちなみに、このさやえんどうも
奥永 花世
奥永 花世
わぁ……すごい、全然そんな風に見えない……
桜森 奏人
桜森 奏人
でしょ、これは自信作
桜森 奏人
桜森 奏人
麩なのはこの二つだけなんだけど、そのほかの野菜も麩だと思って食べてくれてね。
ようやく野菜の甘さに気が付いてくれたんだ
奥永 花世
奥永 花世
すごいねぇ
桜森 奏人
桜森 奏人
この勝利があるから、俺は今無敵だよ
だから任せて
ファイルをしまった奏人くんは、わざとらしくウィンクして見せた。
奥永 花世
奥永 花世
ありがとう!
よろしくお願いします
桜森 奏人
桜森 奏人
はい、任されました
桜森 奏人
桜森 奏人
ふふ
お辞儀をした私に合わせて、奏人くんもお辞儀を返してくれる。
そして、すごく優しい目で私を見た。
桜森 奏人
桜森 奏人
成長したね、花世ちゃん
奥永 花世
奥永 花世
えっ
桜森 奏人
桜森 奏人
小さなころは絶対に誰かの後ろに隠れて出てこなかったのに
今では誰かのために積極的に動ける子になったんだね
桜森 奏人
桜森 奏人
お兄さん嬉しいよ……
奏人くんはそう言って私の頭を撫でてくる。
大河くんとは違って優しい、ふんわりした手つき。
桜森 奏人
桜森 奏人
このまま、若女将になっちゃえばいいのにね
奥永 花世
奥永 花世
え……?
若女将って、だって、それって……
桜森 奏人
桜森 奏人
ふふっ、可愛いね花世ちゃん
楽しそうな奏人くんの声に、顔が熱くなる。
奥永 花世
奥永 花世
もう! からかわないでよ奏人くん!
桜森 奏人
桜森 奏人
あはは、ごめんねぇ
奥永 花世
奥永 花世
(でも、確かに積極的に動くようになったな……)
頑張りたいって、思えるようになったのは成長なのかもしれない。

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