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第1話

みんなの人気者
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2024/03/11 09:00

ここは山と田んぼしかない田舎町。

数年前にようやくコンビニができたけれど24時間営業ではないし、信号機だって夜になれば黄色だけが点滅している状態になる。

そんな不便で退屈な町に住んで14年。

ずっとずっと、私はこの町から出たいと思っていた。

こんな場所から一秒でも早く離れてやるんだって思っていたはずなのに――。
クラスメイトA
三崎みさきさん。先週のプリントなんだけど、まだ提出してないよね?
窓際の自分の席に張り付いて窓の外に目をやっていたら、クラスメイトの女子に声をかけられた。
三崎 由依
三崎 由依
……あ、うん。はい
クラスメイトA
あのさ、こんなこと言いたくないけど、ちゃんと提出物の期限は守ってよ。
わざわざ個別で回収するのって本当に面倒くさいんだよね
三崎 由依
三崎 由依
……ごめん……
クラスメイトA
え、なに? 声が小さくて聞こえない。
こういう時って、普通謝ったりするんじゃないの?
三崎 由依
三崎 由依
(だから言ったじゃん、ごめんって……)
反論を視線に変えると、その子は助けを求めるように友達の元へと駆け寄っていく。
クラスメイトA
ねえ、なんか三崎さんから睨まれたんだけど!
クラスメイトB
よしよし、可哀想に
クラスメイトC
三崎さんって本当に何様のつもりなんだろうね?
隠すつもりのない批判が次々と耳に届いてくる。

ひとりが言いはじめると火がついたみたいにみんなが同意して、必ず最後にはこう言う。
クラスメイト
でも大丈夫だよ。だってほら、三崎さんもうすぐ転校するし
私はまた木枯こがらしが吹いているグラウンドの景色に目を移した。

みんなの言うとおり、私はもうすぐこの町から出ることが決まっている。

コミュニティが狭くて、噂が光の速さで広まってしまうこの町から離れることができるというのに一向に気持ちは晴れない。
担任
ほら、みんな席に着かないと欠席扱いにするぞー!
校舎にチャイムが鳴るのと同時に、先生が教室へと入ってきた。

クラスメイトたちが慌ただしく腰を下ろすと、五十音順に出席確認が行われていった。

朝のなんてことない流れ作業。先生の間延びした声が響いている中で、廊下からドタバタと大きな足音が聞こえてきた。
桐矢 修司
桐矢 修司
ハァッ……セーフ? セーフっしょ?
勢いよく扉が開くと、肩で呼吸をしている桐矢きりや修司しゅうじがいた。
担任
はい、修司はこれで3日連続の遅刻なー
桐矢 修司
桐矢 修司
まだチャイム鳴ってから5分しか経ってないだろ! お願い、今日だけ見逃して!
担任
5分でも遅刻は遅刻!
はいはい、早く席に着け
桐矢 修司
桐矢 修司
そうやってケチだからみっちーは結婚できないんだよ
担任
俺の婚期とお前の遅刻はまったく関係ありませーん!
先生と桐矢の会話を聞いていたクラスメイトがどっと吹き出した。

遅れてやってきた桐矢はあっという間にみんなを巻き込んで、教室を明るい空気にしてしまった。

三崎 由依
三崎 由依
(……ああ、うるさい)
私は耳を塞ぐ代わりに、机に顔を伏せて目を閉じた。
桐矢 修司
桐矢 修司
なあ、三崎。おーい、三崎由依さーん?
ホームルームが終わったあと、私は誰かに体を揺すられた。

おそるおそる顔を上げると、机の横に桐矢が立っていた。

桐矢 修司
桐矢 修司
三崎って柿好きだったよな。さっき重枝しげえだのばあちゃんに貰ったから1個やるよ
三崎 由依
三崎 由依
…………
私へと差し出されている柿を無言で見つめた。

桐矢修司は学校だけではなく町の人気者であり、私の幼なじみでもある。

いや、彼のことを幼なじみと呼んでしまえば、私のことを悪く言っている女子たちも、なんだったらこの学校に通う生徒のほとんどが昔からの知り合いだ。

この町に学校と名のつく場所は小学校も中学校も1校ずつしかないし、私に対して冷めた視線を送ってくる人たちの中には名前で呼び合うほど仲良くしていた友達もいた。

でも今は三崎さんとよそよそしく呼ばれるだけではなく、まるで腫れ物みたいに扱われている。
桐矢 修司
桐矢 修司
おーい、俺のこと見えてる?
顔の前でわざとらしく桐矢に手を振られた。
三崎 由依
三崎 由依
……なに?
桐矢 修司
桐矢 修司
だから柿だって
三崎 由依
三崎 由依
いらないし
桐矢 修司
桐矢 修司
言っとくけど渋柿じゃねーぞ。
俺、朝飯代わりに食ったけど普通に甘かった
桐矢は他の人たちと違って昔と同じように話しかけてくる。

どんなに無視しても、どれだけ冷たい返事をしようとも、桐矢は私に声をかけることをやめない。

正直、迷惑に思っている。

桐矢はただでさえ声が大きいから話している内容が周りに筒抜けだし、こうして傍に寄ってくるだけでみんながこっちを見てる。

彼に対して好意を持っている女子はなおさら面白くないっていう顔をしていた。
クラスメイトA
修司~。三崎さんなんて放っておきなよ
クラスメイトB
そうだよ。うちらと話そうよ!
桐矢 修司
桐矢 修司
え、ちょっ、引っ張んなって!
強引な女子たちの手によって、桐矢はどこかに連れていかれた。
三崎 由依
三崎 由依
……はあ
小さなため息をついた瞬間に、オレンジ色のものが目に入った。
三崎 由依
三崎 由依
(……だから、いらないって言ったのに)
私は彼が机の上に置いていった柿を手に取った。

桐矢は昔から私の都合なんてお構い無しに絡んでくる人で、それは中学2年生になった今も変わっていない。

……私は色々と変わりすぎてしまったと思う。

――『ねえ、由依ちゃんのパパって浮気して家を出て行っちゃったって本当?』

そんな噂を皮切りにどんどんうちのことが広まっていって、両親の離婚が決まる頃には町中の人が面白おかしくお父さんとお母さん、そして私のことを話していた。

怖いって思った。

それまでは困ったことがあれば助け合おうねって言ってた人たちが信用できなくなった。 

でもそれは6年も前の話。今みんなのネタになっているのは……。

クラスメイト
三崎さんの新しいお父さんってどんな人?
クラスメイト
さあ。隣町に住んでる人だって聞いたけど
クラスメイト
でも三崎さんのお母さんって、けっこう長く体調崩してたよね?
クラスメイト
それなのに再婚って、いつの間にって感じじゃない?
クラスメイト
あーね。それうちの親も言ってた。
何年も役員の集まりはパスしてるのに、やることはやってたのねって
クラスメイト
なにそれ、どっちの意味! ウケる!
キリキリ、ギリギリ。痛むお腹を手で押さえた。
三崎 由依
三崎 由依
(……大丈夫。気にしない、気にしない)
そう心で唱えても、耳障りな声が消えない。
――カンカン、カンカン。

頭の中で〝あの音〟が繰り返し流れている。

――カンカン、カンカン。

手の中にある熟した柿は、私を終わりへと導いてくれる警報灯の色に似ている気がした。

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