第6話

新しい形
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2024/04/15 09:00
修司と別れて家に帰ると、リビングからお母さんの笑い声が聞こえた。

玄関には靴底が磨り減っている男性用の靴が置かれている。

なるべく音を立てないようにしていたのに、立て掛けられていた傘を誤って倒してしまった。
倉持さん
あ、由依ちゃん、帰ってきた。おかえり
リビングから顔を出してきたのは倉持さんだ。

私は小さな会釈えしゃくだけを返して、傘を元の位置に戻した。

倉持さんがうちに来ている時は、なるべく私は自分の部屋にいるようにしているけれど、そこに行き着くためにはリビングを通らなければいけない。
倉持さん
少し遅かったね。友達と遊んでいたの?
三崎 由依
三崎 由依
……まあ、はい
倉持さん
今日は大きなアナゴを買ってきたんだ。夜はお母さんが天ぷらにしてくれるって
カニの次はアナゴ。倉持さんはうちに来るたびになにかしらの手土産を持ってくる。
倉持さん
まだ引っ越しまで時間はあるけど、部屋の整理は進んでる?
三崎 由依
三崎 由依
そ、それなりに
倉持さん
僕が手伝えることがあればなんでもするから遠慮なく言ってね
三崎 由依
三崎 由依
……ありがとうございます
こうして会話がはじまってしまうと、なかなか自分の部屋には行きづらくなる。

晩ごはんの支度が終わると、倉持さんが持ってきたアナゴの天ぷらを中央に置いて食卓を囲むことになった。
倉持さん
引っ越しはクリスマスイヴだけど、由依ちゃんは予定とか入ったりしてなかった?
三崎 由依
三崎 由依
大丈夫です
倉持さん
当日は朝早くに家を出るけど、東京に着くのは夕方になると思う
お母さん
だとしたら、外食になるかしら?
倉持さん
そうだね。当日はまだ冷蔵庫も届いてないだろうし、今のうちから美味しい店を調べておいたほうが安心かもしれないね
お母さん
ええ、そうね。由依はどんなお店がいい?
三崎 由依
三崎 由依
私はえっと、任せるよ
ふたりの頭の中は、もう引っ越しのことでいっぱいだ。

庭があるという東京の家は、お母さんが夢にみていたガーデニングができるし、倉持さんが趣味にしているバーベキューもできるらしい。

楽しくて幸せな想像が膨らんでいるふたりと違って、私は美味しいはずのアナゴの味すら今はわからない。
お母さんから倉持さんを紹介されて1年。

週に1、2回程度うちに来る倉持さんは私からすれば、顔見知りのおじさんという認識だ。

そんな人がもうすぐ私の父親になろうとしている。

倉持さんがダメとかじゃない。

でもそんなに簡単に家族って増えていいものなのかなって思ってしまう。


――『由依。すまない』

いや、きっと、いいんだ。

だって家族だったのに、お父さんはその一言だけを私に伝えて家を出ていった。

その謝罪が浮気をしてごめんなのか、それとも一緒にいられなくなってごめんという意味だったのかはわからない。

でもそんな一言だけで、お父さんは私のお父さんではなくなった。

生まれてからずっと一緒にいて、これからも当然のように三人で暮らしていくと信じていたのに、私の家族は簡単に壊れた。

だから、簡単に新しい形になってもいい。

そういうものなんだと、必死で自分に言い聞かせていた。


その日の夜。倉持さんはそのままうちに泊まった。

倉持さんは当然、お母さんと同じ部屋で寝る。

薄い壁の向こうでふたりが一緒に寝ているんだと思うと、とてつもない不快感に襲われた。

三崎 由依
三崎 由依
……目を閉じても、寝れないや
私はそっとベッドから出て、気づかれないように玄関のドアノブに手をかけた。

私はお母さんとお父さんが仲良くしてるのが好きだった。

でも倉持さんと仲良くしているお母さんのことは好きじゃない。

こんなの、子供っぽいと思う。

だけど倉持さんが現れるまでは、私がお母さんのことを励まして、時には一緒に寝てあげることもあった。

そうすることで、私自身も必要とされているから頑張らなくちゃって救われている部分があった。

でも今は私がいなくても、お母さんには倉持さんがいる。

だったら、私はもう必要ないんじゃないだろうか。

お母さんと倉持さんはふたりで幸せになったほうがいいんじゃないのかな。

そんなことを思いながら、夜空の下を歩く。

しばらくして見えてきたのは、オレンジ色の街灯に照らされている踏切だった。

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