第5話

うるさい幼なじみ
2,434
2024/04/08 09:00
それから数日が経って、学校で小テストの答案用紙が返された。

生徒たちは点数に一喜一憂して、反省会と称した答え合わせをする人が多い中で、私は山のふもとから流れている川のほとりに来ていた。

桐矢 修司
桐矢 修司
なあ、魚って紙食うと思う?
隣には今日も私の行動を監視している修司がいる。

彼がこの世の終わりみたいな顔で持っている答案用紙は赤字だらけで、一番上にある数学の点数は16点だった。
三崎 由依
三崎 由依
一桁じゃなくて良かったじゃん
桐矢 修司
桐矢 修司
今回は自信あったんだよ。とくに英語
三崎 由依
三崎 由依
何点?
桐矢 修司
桐矢 修司
25点
三崎 由依
三崎 由依
自信あってその点数は逆にすごいと思う
桐矢 修司
桐矢 修司
はあ……。お前は勉強できていいよな
三崎 由依
三崎 由依
あんたは授業中、寝すぎなんだよ
桐矢 修司
桐矢 修司
え、なに。俺のこと見つめてくれてたの?
三崎 由依
三崎 由依
角度的に視界に入るだけ
桐矢 修司
桐矢 修司
結局、俺らってさ、同じクラスになっても席は隣になったことないよな
桐矢 修司
桐矢 修司
俺、毎回けっこう狙ってたって知ってた?
三崎 由依
三崎 由依
そんなことより、もうコレやめて
会話をさえぎるように差し出したのは、下駄箱に入れられていた小さなメモ。

答案用紙よりもなんとかしてほしいその紙には、バカのひとつ覚えみたいに今日も〝負けるな〟という文字がつづられている。
桐矢 修司
桐矢 修司
今の言葉に爆弾ふたつあった
桐矢 修司
桐矢 修司
俺の熱烈な席替えの話をスルーしたことと、すげえ迷惑そうにやめてって言ったこと
三崎 由依
三崎 由依
私、桐矢のそういう適当なところ、本当に嫌い
桐矢 修司
桐矢 修司
うわ、爆弾三つじゃん
三崎 由依
三崎 由依
……なんで、負けるなって書くの?
桐矢 修司
桐矢 修司
お前には必要な言葉だろ?
三崎 由依
三崎 由依
死んだら負けってこと?
桐矢 修司
桐矢 修司
違う。俺はお前に向けられてる声とか視線が許せないし、それをなんとかしてやりたいとも思ってる
桐矢 修司
桐矢 修司
でも全部をなくすことはできないから、そんなやつらの言葉にお前の心が負けないようにそれを下駄箱に入れてるんだよ
さっきまでへらへら笑っていた顔が、急に真面目になった。

私は視線を合わせることができなくて、太陽の反射で輝いている水面をひたすら見ていた。
三崎 由依
三崎 由依
前にも言ったけど、周りがうちのことをあれこれ言いたがるのは仕方ないと思う
何もないこの町にとって、噂は数少ない娯楽のひとつ。

なにか違うことがあれば、なにか目立つことをすれば、その噂の中心になってしまうのは当然だ。
桐矢 修司
桐矢 修司
俺はそんなふうに思えない。この町のことは好きだけど、間違ってることも多いと思ってる
修司は足元に転がっていた小石を川に向かって投げた。

水面を走るようにして跳ねていく石は、まるで生きているみたいだ。
三崎 由依
三崎 由依
相変わらず、水切りうまいね
桐矢 修司
桐矢 修司
お前はいくら練習してもできなかったよな
三崎 由依
三崎 由依
記憶の改ざんやめてくれます?
三崎 由依
三崎 由依
3回は跳ねたことあるから
桐矢 修司
桐矢 修司
お、じゃあ、やってみ?
まんまと乗せられてしまった気もしたけれど、私は修司が渡してきた石を思いきり投げた。

……ぽちゃんっ。勢いのまま沈んでいった石をしばしふたりで見つめた。
桐矢 修司
桐矢 修司
ぷっ、だはははっ! やっぱできねーじゃん!
修司の笑い声が辺りに響く。

久しぶりに聞いた彼の爆笑は昔と同じで憎たらしかった。

こんなふうに小さい時は修司とこの場所で何度も遊んだ。

こうやって水切りをしたり、木の枝で魚が釣れるか試してみたり、時には靴を脱いで水の掛け合いをして必ず最後はお互いの親に叱られるというのがお決まりのパターンだった。

夢中でした鬼ごっこも、大人に内緒で作った秘密基地も、修司といるだけでなにもかもが楽しかったあの頃。

でもそれは小学3年生までだ。

両親が離婚した以降は楽しいという感情もなくなって、修司とも距離を置いた。

離れていくと思った。

みんなと同じように修司だって、私を見捨てると思ってた。

でも修司は今もしつこいくらいに私の隣にいようとする。
桐矢 修司
桐矢 修司
俺、何気にショックだったよ。これからは名字で呼んでって言われた時
桐矢 修司
桐矢 修司
由依と三崎。たかが名前と名字だけなのに、なんかお前との距離が一億光年くらい遠くなったような気がしてた
だって修司が学校でも『由依、由依』って呼ぶから、突き放したかった。

私に突き刺さる鋭い視線が、彼に向いたらどうしようって怖かったのだ。
三崎 由依
三崎 由依
私は桐矢を遠ざけたかったんだよ
桐矢 修司
桐矢 修司
ふたりきりの時は桐矢って呼ぶな
三崎 由依
三崎 由依
……やだよ。くせになる
桐矢 修司
桐矢 修司
俺は頑張って使い分けてんのに?
三崎 由依
三崎 由依
たまに学校で由依って言いそうになってるじゃん
桐矢 修司
桐矢 修司
俺はもう癖になってんだよ
そう、癖とは習慣的なものだから無意識に出てしまう。

だから私はふたりの時でも桐矢呼びをつらぬく。

そうしないと、学校で彼のことを修司と呼んでしまうから。
桐矢 修司
桐矢 修司
お前ってさ、難しいこと考えると眉間にシワ寄るよな。ブーコみたいに
ブーコはこの町にいる地域猫。

特定の飼い主はいなくて、みんなが可愛がっている猫だけど、名前のとおり顔はブサイクだ。
桐矢 修司
桐矢 修司
俺、昔から由依はブーコに似てると思ってる
三崎 由依
三崎 由依
喧嘩、売ってる?
桐矢 修司
桐矢 修司
普通に褒めてる。だって俺、ブーコのこと好きだし
三崎 由依
三崎 由依
え?
桐矢 修司
桐矢 修司
あ、い、いや、猫のほう! ブーコって仏頂面ぶっちょうづらだけど愛嬌があって可愛いじゃん?
三崎 由依
三崎 由依
(……なんだ、ビックリした)
修司はそのあとも、私に見せつけるように水切りをやった。

コツを教えてやると言われたけれど断った。

上手にできるようになっても、これからの私には必要ないものだから、できないままでいい。

そのほうが、きっと寂しくないはずだから。

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