音羽から送られてきた場所は思いの外、近くで10分もしないうちに到着した。
曲がり角を曲がると街灯の下に見覚えのある人影が目に入る。
自転車のスタンドを乱暴に下げ、駆け寄る。
俺に気がついた音羽が顔を上げた。
何があったのか、そんな話を聞きたいのは山々だけど、それどころじゃなくて。
優先すべきは何があったかよりも今この状況だと音羽も分かっているようで、ただ静かに、見守ってくれていた。
曲げた膝に顔を埋め、それを守るように腕をまわしている想空。
時折、苦しそうに息を吐き出す音を鳴らし、肩を揺らしている。
ああ、これは安易に触れちゃいけない。
何度か見た事のあるこの状態の対応はいつまで経っても正解なんてわからないままだが、何をしたらいいのかはわかる。
ただでさえ小さな身体をぎゅっと縮こまらせた横に膝をついた。
努めて優しく、何かに怯えているこの子が怖がらないように自分の存在を知らせる。
自分が来たから安心しろなんて自惚れかもしれないけど、そうすれば安心してくれることもまた事実だった。
ゆっくりと上げられる顔と、掠れた声で呼ばれた名前。
額に張り付いた前髪から覗く目元は涙が滲んでいた。
俺を視界に捉えると、顔を歪めた。
唇を噛んで溜まっていた滴をこぼす。
とめどなく流れる涙を袖口で拭うから、するりとすくいあげる。
そのまま俺の首の後ろに持ってこさせて、丸まった背中をとんとんとあやす様に叩いた。
まるで感情のコントロールが出来ない幼子の様で、俺はただ大丈夫と声をかけることしか出来なかった。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!