今日は悠叶の家に帰って、読みかけの本を借りて、ずっと見たかった映画を見る予定だった。
夕飯はカレーだって教えてくれて、悠叶のお母さんの料理は凄く美味しいから楽しみにしてた。
__でも だめだった。
教室を出ようとしたら愛花に呼び止められて、今日はうちに帰ってきてって言われたから。
残念だけど、本も映画もカレーも諦めることにした。
愛花の言うことは絶対だから。
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コンコン、と扉を叩く音が聞こえてシャーペンを持っていた手を止める。
いつもだったら僕が開けるまで待っていてくれるのに、今日は返事をするよりも早くドアが開いた。
それは心做しか怒りを孕んでいるようで、なんだか嫌な予感がする。
椅子から降りて振り返ると案の定、愛花の姿があった。
いつもの穏やかな彼女とは違うピリついた空気に、背筋がピンと伸びる。
宝石みたいに綺麗な瞳が僕を映して離さない。
何ひとつ言葉を発さないが、本当にどうしたんだろう。
居心地の悪い沈黙が続く。
いつもより低い声に喉がヒュッとなった。体に力が入ったのが分かる。
そういうことか。
今日帰ってこいって言ったのも、雰囲気が違うのも、視線が冷たいのも全部 怒ってるからなんだ。
約束破って、音羽と話してたことに。
きっと隠しても、言い訳しても意味ないし、愛花が思ってるようなやましいことがあるわけじゃないから正直に話そう。
…とは思うんだけど、声が上手く出てこない。
あぁ、嫌だな。
首を振って、否定すると大きなため息が聞こえた。
肩が跳ねて、指先から冷たくなっていく。
駄目だ、まちがえた。きっと今のは愛花の望んでいた答えじゃない。
でも本当にそれだけだし、なんて言ったら良かったの
そうだ、謝らないと。
やくそくやぶってごめんなさいって。
次は気をつけるからって。
それから、それから、
あぁ、なんかもう、泣きそう。
唇を噛んで、流れそうになる涙を堪えた。
きっと気を抜いたら溢れてしまう。
いつの間にか俯いてしまっていたみたいで、名前を呼ばれてハッとする。
恐る恐る視線をあげると、またあの瞳に捕まる。
でもそこにさっきみたいな冷たさはなくて、いつも通りの愛花がいた。
“お人形”
あの日からずっと愛花は僕のことをそう呼ぶ。
きっとそれ以上でもそれ以下でもない。
少しの沈黙を遮って、頷いた。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。