あの夜から1年。七夕の誕生日でも、命日でもある7月7日。僕は今、七夕のお墓の前で手を合わせている。
七夕が大好きだったケーキと、七夕が作ってくれたアルバム、そして、あの時渡すはずだった指輪をお供えして、七夕の誕生日を祝った。
僕は今でも、あの頃のまま。ずっと立ち止まったままの僕を七夕はどう思っているんだろう。
アルバムを開いては閉じ、1ページ目から進められないまま、七夕に向かって話しかける。
しばらく、ここにいた後、ケーキとアルバムと指輪を持って、家まで歩いた。七夕と歩いた道をたった1人で。
家に着いても、気持ちが晴れることは無い。こんなことなら、いっそ忘れたい。全て忘れてしまいたい。だけど、できない。七夕の思いを受け取ったから。ガラッとしてしまった部屋の中で、そう思った。
いつかは前に進まなければならない。これ以上は止まっていられない。1年もたったんだから。でも、七夕のことは忘れない。その証に、笹の葉に婚姻届を結びつけた。そして、空を見て願ったんだ。
七夕が書いたこの本、「七夕の空に願いを込めて」は爆発的なヒットになった。
この作品は僕と七夕の出会いから1年前の今日までを、想像と現実を掛け合わせたフィクションで物語る。
実際、僕達は1年前の今日、7月7日、25歳で結婚をし、夫婦となった。そして、今日、七夕は26歳になった。
作品の中では、2度目の事故で七夕がなくなっているが、現実ではそうじゃない。事故が2回あったのも本当だし、車椅子の生活をしているのも本当だ。だけど、今、僕の隣には笑っている七夕の姿がある。触ることもできるし、話すこともできる。幽霊じゃないからね。
結婚してから、七夕は僕のことを"翔"と呼んでくれるようになった。別に、僕はどっちでもいいって言ったんだけど、結婚したら変わるんだって。
最初の方は"しょうくん"じゃないのが、逆に慣れなかったけど、今では、"しょうくん"って響きに懐かしささえ感じる。
美咲さんが帰り、僕達もある場所へ向かう。なんてったって、今日は7月7日だからね。車に乗って、2人で、あの場所へ向かった。
2年前の24歳の今日、この場所でプロポーズすることはできなかった。だけど、1年前の25歳の今日はプロポーズすることができた。あの日がなければ、きっとこうした幸せはなかっただろう。
七夕の本を読んでから、今ある当たり前が、当たり前ではないことに気付かされるようになった。それを教えてくれたのは七夕で、当たり前ではない幸せな毎日を作ってくれるのも七夕だ。感謝してもしきれないほどに。
あれから、アルバムにも2人の写真が増えた。七夕が大好きな空の写真も。
今日、夜来れなかったのには理由がある。今、七夕のお腹には1つの命が宿っている。何かあってからでは危ないからって、明るいうちに来ることにしたんだ。
僕と七夕の薬指に、幸せを形どったような小さな光が輝いている。
僕は空に向かって願いを込める。
これからもずっとこの幸せが続きますように。
まだ明るい夕方の空には、小さく1つ、一番星が輝いていた。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。