第19話

叶わない願い(前編) ー翔ー
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2022/07/26 10:25
ガタンッ!
いつも聞くような軽い音じゃなくて、重苦しい音がした。僕は嫌な予感がして、2階へ向かおうとする。その嫌な予感は的中し、階段の目の前に、頭から血を流す七夕の姿があった。
翔(かける)
翔(かける)
七夕!七夕!!
僕は必死で、七夕と叫び続けた。冷静になんてなれなかった。


僕の声を聞いた近くの人が家にあがって来て、目の前の状況を見て救急車を呼んでくれた、らしい。はっきりと覚えていない。今は、見覚えのある病院にいて、目の前で七夕がベッドの上で横たわっている。あの時のことはたった一瞬のことのように感じられて、言葉にできない。ただ、皮肉なことに、七夕を発見する前、僕がどんなことをして、どんな状況にいたのかは、はっきりと、これでもかと言うほど鮮明に覚えている。その記憶が、僕を苦しめた。
今は、7月6日の午後11時30分すぎ。目の前にいる七夕は目をつむっている。今さっき、緊急手術が終わったところだ。僕は、そんな七夕の横で、七夕の手を握りながら、ただひたすらに謝り続けている。
翔(かける)
翔(かける)
ごめん、ごめんなさい
翔(かける)
翔(かける)
お願いだから目を覚まして、、
僕があの時、七夕の傍から離れなかったら、、、リハビリの部屋を2階にしなかったら、、、
募る後悔、戻ってこない過去。謝ることしかできない現実。
何もかもが苦しかった。何もかもが悔しかった。なんで、なんであの時、、思えば思うほどに突きつけられる現実。逃げることなんて到底できなかった。
病院
翔さん
翔(かける)
翔(かける)
先生、、
先生が全てを説明してくれた。あの時のように先生の説明はとても冷たくて、淡々としていた。先生の言っていることが、嫌という程、頭にはっきりと入り込んできた。全てが信じたくないと思う内容だった。簡単に簡潔に言うと、七夕は死ぬ。今の段階では可能性の話ではある。でも、90%の確率で死ぬそうだ。
病院
残念ですが、正直な話、今日を乗り越えられるかどうか、、
翔(かける)
翔(かける)
そんな、、、
翔(かける)
翔(かける)
だって、七夕は今日ものすごく元気で、楽しそうにしていて、、
翔(かける)
翔(かける)
ちゃんと笑っていたのに、、、
病院
何かあったらすぐに呼んでください。
そう言って、部屋を出ていった。
病室に残された2人。静かな中に僕の泣く声だけが響いている。あの時とそっくりだ。だけど、ひとつ違うのは、雨が降っていないことだけ。時計を見ると、あと5分程で7日になる。七夕の誕生日だ。
翔(かける)
翔(かける)
七夕、、あと5分で誕生日になるよ。
翔(かける)
翔(かける)
ほら、目を覚まさないと、、
いくら呼びかけても、なんの反応もない。僕は七夕の手を握った。
時計を見る。針が0時を指していた。
翔(かける)
翔(かける)
七夕、7日になったよ。誕生日おめでとう。
翔(かける)
翔(かける)
今日はデートに行こうねって言ってたじゃん、、、
七夕の耳にはもう何も届いていないのだろうか。どんな姿でもいい。病院生活が戻ってもいい。
だから、頼む。目を覚まして、、、
ピーーーーー
僕の思いを裏切るように、静かな一室に鳴り響くベッドサイドモニターの音。それとほぼ同時に鳴り響いた人が走る靴の音。あっという間に僕は部屋の端へ追いやられ、そこからただ七夕を見ていることしかできなかった。
病院
残念ですが、死亡が確認されました。
翔(かける)
翔(かける)
そんな、嘘ですよね?だって、今日は、、、
病院
失礼します。
七夕は7日を待つようにして旅立って行った。
なんで、どうして、、。あんなに優しい七夕がどんなことをやらかしたって言うんだ。まだ、短冊にも書いてないのに。誰もこんなこと願ってない。七夕だって、まだまだ後の話してただけなのに。
七夕の所へゆっくりと歩み寄り、七夕の手を握る。まだ温かかったはずの手が冷たくなっていた。頬も額も、全てから体温が感じられなくなっていた。
翔(かける)
翔(かける)
お願い、戻って来てよ、、
どれだけ願っても叶うことはない。短冊に書いて笹にくくっても、叶うことはない。僕がどんなことをしたって、決して叶わない。目から溢れる涙を止めることはできなかった。涙で七夕が見えなくなるほど、泣いて、泣いて、泣いた。

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