ガタンッ!
いつも聞くような軽い音じゃなくて、重苦しい音がした。僕は嫌な予感がして、2階へ向かおうとする。その嫌な予感は的中し、階段の目の前に、頭から血を流す七夕の姿があった。
僕は必死で、七夕と叫び続けた。冷静になんてなれなかった。
僕の声を聞いた近くの人が家にあがって来て、目の前の状況を見て救急車を呼んでくれた、らしい。はっきりと覚えていない。今は、見覚えのある病院にいて、目の前で七夕がベッドの上で横たわっている。あの時のことはたった一瞬のことのように感じられて、言葉にできない。ただ、皮肉なことに、七夕を発見する前、僕がどんなことをして、どんな状況にいたのかは、はっきりと、これでもかと言うほど鮮明に覚えている。その記憶が、僕を苦しめた。
今は、7月6日の午後11時30分すぎ。目の前にいる七夕は目をつむっている。今さっき、緊急手術が終わったところだ。僕は、そんな七夕の横で、七夕の手を握りながら、ただひたすらに謝り続けている。
僕があの時、七夕の傍から離れなかったら、、、リハビリの部屋を2階にしなかったら、、、
募る後悔、戻ってこない過去。謝ることしかできない現実。
何もかもが苦しかった。何もかもが悔しかった。なんで、なんであの時、、思えば思うほどに突きつけられる現実。逃げることなんて到底できなかった。
先生が全てを説明してくれた。あの時のように先生の説明はとても冷たくて、淡々としていた。先生の言っていることが、嫌という程、頭にはっきりと入り込んできた。全てが信じたくないと思う内容だった。簡単に簡潔に言うと、七夕は死ぬ。今の段階では可能性の話ではある。でも、90%の確率で死ぬそうだ。
そう言って、部屋を出ていった。
病室に残された2人。静かな中に僕の泣く声だけが響いている。あの時とそっくりだ。だけど、ひとつ違うのは、雨が降っていないことだけ。時計を見ると、あと5分程で7日になる。七夕の誕生日だ。
いくら呼びかけても、なんの反応もない。僕は七夕の手を握った。
時計を見る。針が0時を指していた。
七夕の耳にはもう何も届いていないのだろうか。どんな姿でもいい。病院生活が戻ってもいい。
だから、頼む。目を覚まして、、、
ピーーーーー
僕の思いを裏切るように、静かな一室に鳴り響くベッドサイドモニターの音。それとほぼ同時に鳴り響いた人が走る靴の音。あっという間に僕は部屋の端へ追いやられ、そこからただ七夕を見ていることしかできなかった。
七夕は7日を待つようにして旅立って行った。
なんで、どうして、、。あんなに優しい七夕がどんなことをやらかしたって言うんだ。まだ、短冊にも書いてないのに。誰もこんなこと願ってない。七夕だって、まだまだ後の話してただけなのに。
七夕の所へゆっくりと歩み寄り、七夕の手を握る。まだ温かかったはずの手が冷たくなっていた。頬も額も、全てから体温が感じられなくなっていた。
どれだけ願っても叶うことはない。短冊に書いて笹にくくっても、叶うことはない。僕がどんなことをしたって、決して叶わない。目から溢れる涙を止めることはできなかった。涙で七夕が見えなくなるほど、泣いて、泣いて、泣いた。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!