第18話

遠くなる距離 ー七夕ー
104
2022/07/26 04:55
退院してから1ヶ月。今は7月6日、午後4時。明日は私の誕生日。誕生日前日の今日はちっとも面白いことがない。今日は平日だから、社会人が暇してる訳もなく。しょうくんは仕事に行ったし、美咲は遠くへ出張中だとか。こんな体じゃ、1人で散歩なんて怖くてできないし、、、
今日は23歳最後の日だっていうのに、ほんとつまんない。もし、こんな体になってなかったら、今頃バリバリに働いてたんだろうな。色んな人に置いていかれる気分。どんどん距離ができていく感じがものすごく気持ち悪くて嫌だ。
七夕(なゆ)
七夕(なゆ)
あ〜暑い!
まだ、7月だっていうのに、真夏みたいな暑さ。こういうちょっとした事で私のイライラが募っていく。最近に始まったことじゃないけど、イライラが溜まったせいで、しょうくんにあたったり、ものにあたったりしてしまう。そういう自分が嫌で嫌で仕方がない。
今日はほんとに暑すぎる。汗がベタベタして気持ち悪い。着替えようかな。
そう思って、タンスの引き出しに手をかけた時、見たことない紙がタンスの端からとび出ていて、何かと思って手に取ってみる。それを見てびっくりした。
婚姻届だ。もう既に、しょうくんの情報は書かれている状態だった。
こんなものを持ってるなんて思いもしなかった。隣には私の名前が入るのかな。いつプロポーズされるんだろう。なんてことを考える。だけど、私じゃなかったら、、、
七夕(なゆ)
七夕(なゆ)
嫌だ!
思わず声に出てしまった言葉。しょうくんが誰かのになるなんて嫌だ。ずっと、私の隣にいて欲しい。
翔(かける)
翔(かける)
ただいま。何が嫌なの?
七夕(なゆ)
七夕(なゆ)
おかえり。
しょうくんにバレたらまずい。後でタンスに片付けるつもりで、背中と車椅子の隙間に紙を入れた。
七夕(なゆ)
七夕(なゆ)
なんでもないよ。
翔(かける)
翔(かける)
そっか。
ひとまずバレなくてすみそうだ。そっと胸をなでおろし、しょうくんが部屋を出た一瞬を狙って、タンスへ紙を戻した。
翔(かける)
翔(かける)
買い物行こうか。
七夕(なゆ)
七夕(なゆ)
うん。
婚姻届のことが忘れられなくて、顔がニヤけてる気がする。しょうくんにバレないようにしないと。でも、頭から消し去るなんて無理だしな〜。きっと、しょうくんは内緒でやってくれようとしたんだろうけど、見ちゃったし、、、どうせなら、私からもサプライズしたいな〜。
そんなことを考えながら、夕飯の買い物を済ませて、家に帰る。家に帰った途端、私はタンスの方へ直行し、タンスの端で挟んだ婚姻届をまた背中と車椅子との間に入れて隠した。しょうくんがなくなっていることに気づいても、私には相談しないだろうし、1人で探すだろうから私へ疑いが向けられることは無い。用がすんだらまた戻せばいいだけだし。そうして、何食わぬ顔でリビングへ戻り、一緒に夕飯の支度を始めた。
翔(かける)
翔(かける)
七夕?
七夕(なゆ)
七夕(なゆ)
ん?
翔(かける)
翔(かける)
なんかいいことあった?
七夕(なゆ)
七夕(なゆ)
特に、ないよ、、
翔(かける)
翔(かける)
そっか。
七夕(なゆ)
七夕(なゆ)
なんで?
翔(かける)
翔(かける)
さっきから、ずっとニヤニヤしてる気がするからさ。僕の勘違いだね。
七夕(なゆ)
七夕(なゆ)
そうだよ、きのせい!
びっくりした。バレたかと思った。頼もしくなったしょうくんは、ものすごく鋭くなって、ちょっとした変化も見逃さなくなっている。私の変化だって、すぐに気づいてくれた。それはすごくありがたいんだけど、今はそうじゃなくていいかな。
七夕(なゆ)
七夕(なゆ)
ごちそうさまでした。
翔(かける)
翔(かける)
僕、お風呂に入って来ていい?
七夕(なゆ)
七夕(なゆ)
うん!
よし、今がチャンスだ。隠しておいた紙を広げ、ペンを持つ。幸せを噛み締めるように文字を1つずつ、丁寧に書いていく。ハンコは、、そこまではいいか。私の隣にある翔の文字。
七夕(なゆ)
七夕(なゆ)
やばい、見とれてる場合じゃない。
急いで、タンスの中へ紙を入れて、リビングで、しょうくんが出てくるのを待った。
しょうくんがお風呂からあがって、一緒に洗濯物とか食器の片付けとか、できることをやった。そして、リハビリの時間だ。スペースがあった方がいいからって、しょうくんがわざわざ2階の一室を何も物が無い部屋にしてくれた。そこで私は、夜、簡易的なリハビリをしている。気持ちが落ち着いている時だけだけど。今日は大丈夫そうだから2階まで連れていって貰った。
翔(かける)
翔(かける)
僕、ちょっと下行ってくるね。
七夕(なゆ)
七夕(なゆ)
うん。
頑張って、頑張って、しょうくんに似合う人になりたい。いや、なるんだ。そう意気込んで、1つずつの動作に力をいれる。
右足は上手く動かすことができるようになったんだけど、、、
右足は左足ほど重症ではなくて、退院する時には力が入れられるようになってた。あとは、左足だけだ。だけど、まだ、右足も前みたいには動かないから、なにかに捕まってないと立つことも出来ない。
七夕(なゆ)
七夕(なゆ)
お願い、動いて、、
そう祈って、力を込めた足。すると、
七夕(なゆ)
七夕(なゆ)
できた!
ほんの一瞬だったけど、手を離して立つことが出来たのだ。
嬉しくて嬉しくて、早くしょうくんに知って欲しくて、車椅子を走らせる。
だけど、、、
ガタンッ!
もう戻れない距離に私はいた。

プリ小説オーディオドラマ