第17話

第17話:最大の強敵
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2026/02/05 09:00 更新
香瑠
香瑠
ここは、魔界では人気のデートスポットなんだ
松風アズサ
松風アズサ
そうみたいだね
水着で遊ぶ悪魔のカップルだらけ
 血の池ビーチを囲む白い砂浜に、アズサと香瑠は並んで座っている。
 エルは香瑠の仕事を調整するために、一足先に城へ戻っていた。

 黒ずんだ赤い液体が、ザザーンと砂を撫でるように打ち寄せては戻っていく。
香瑠
香瑠
城からそう遠くない場所のはずなのに
視察以外では来たことがなかった。
アズサ、こうしてお前と来られて本当に嬉しい
 香瑠が目をキュッと細め、無邪気な顔で笑った。

 いつか華凛が言っていたことを思い出す。
 は次期魔王である香瑠は、甘えることも守られることも、気の抜けた笑顔を見せることすら許されない存在なのだ、と。

 城のインプたちの噂話からも、香瑠が相当自分に厳しくしていることがうかがえた。
松風アズサ
松風アズサ
最初は香瑠のこと、なんてワガママで傲慢なやつだと思ってたんだけど
……てか今も思ってるんだけど
香瑠
香瑠
おい、急に説教か?
松風アズサ
松風アズサ
ううん。
香瑠も、本当は窮屈で寂しい思いをしてたんじゃないかなって思って
香瑠
香瑠
魔王の子として生を受けたのだから仕方ない。
それに、ちゃんと楽しみはあった
松風アズサ
松風アズサ
それが漫画?
香瑠
香瑠
ああ、人間界の少女漫画が書庫に紛れていたんだ。
初めて読んだ時、そこに描かれていたキラキラして華やかで爽やかな世界に胸が高鳴った
 当時を思い出したのか、香瑠はなつかしそうに目を細めて、赤い池の彼方を見つめた。
松風アズサ
松風アズサ
そっか、
それで少女漫画が好きになったんだ
香瑠
香瑠
魔界にも恋愛漫画はあるにはあるが……
どの話も最終的には斬った刺した殺したの血みどろ展開になるんだ
 それはそれで気になるところだが、アズサには他にも気になることがあった。
松風アズサ
松風アズサ
そういえば、魔王様ってどんな方なの?
 その言葉を聞いた途端、香瑠の顔がみるみる曇ってゆく。
松風アズサ
松風アズサ
……もしかして嫌いなの?
香瑠
香瑠
父は、親父殿は……
俺が唯一敵わない相手、と言ったところか
 香瑠が叶わない相手。
 冷酷で残虐と言われる悪魔王子の父親。
 その姿を、アズサが想像したその時だった。

 ハッとした顔で、香瑠が素早くアズサを抱き寄せた。

香瑠
香瑠
伏せろアズサ!
松風アズサ
松風アズサ
えっ
 わけもわからないまま、香瑠に抱かれたまま砂浜を転がる。

 それから間もなく。
 耳を引き裂くような轟音が鳴ると同時に、暗雲を裂いて一筋の赤い雷が降ってくる。

 衝撃に思わず目をつむったアズサが次に見たのは、半径5メートルほどに大きく抉れた砂浜だった。
 雷が、さっきまでアズサと香瑠がいたところに直撃したのだ。

 ビーチで泳いでいた悪魔たちが、ワーワー騒ぎながら散り散りに退散していく。
松風アズサ
松風アズサ
なにごと……?
香瑠
香瑠
なぜバレたんだっ……
松風アズサ
松風アズサ
どういうこと?
 先に立ち上がった香瑠に、助け起こされる。
よく避けたじゃないか。
腐っても私の息子、といったところか
 地を這うような低い声。
 たった一声で空気がビリビリと震え、頭がぐわんぐわんと揺れるようだった。

 目の前に突然現れたのは、2メートルほどの大きな人型のシルエット。
 禍々しい黒い靄を全身にまとっていて、顔どころかその姿の詳細もわからない。

 唯一わかったのは、そのシルエットの主が圧倒的な存在感と威圧感を放つ、とんでもない禍々しいオーラをまとっていることだった。
香瑠
香瑠
親父殿……!
松風アズサ
松風アズサ
これが魔王様……?
魔王
ディアマント、貴様この娘と親しいそうだな?
次期魔王たる身で人間と深い仲になるなど許されると思っているのか?
松風アズサ
松風アズサ
でぃあ……え?
 聞き慣れない単語に戸惑っていると、魔王の影の後ろからひょっこりと見慣れた悪魔が顔を出した。
ペチュニア
ペチュニア
殿下のお名前ですわ!
そんなことも知らずに殿下のおそばにいたなんて
可笑しくて笑いが止まりませんわね!
松風アズサ
松風アズサ
か、華凛ちゃん?
香瑠
香瑠
お前か。
告げ口したのは
ペチュニア
ペチュニア
告げ口だなんてそんな……
私は愛と正義の伝書鳩ですわ
香瑠
香瑠
意味が分からん
魔王
感心しないな。
婚約者にそんな口をきくとは
 魔王の影を取り巻く靄が、ぐるぐると渦巻いた。
魔王
女遊びがしたいなら
私が後腐れのない魔界の女を見繕ってやろう。
よりによって人間の女に目を付けるなど――
香瑠
香瑠
遊びではありません
 そう言うと、香瑠は隣にいたアズサを抱き寄せた。
香瑠
香瑠
彼女を本気で愛しています
松風アズサ
松風アズサ
えっ
 からかいのない真っすぐな香瑠の言葉に、ドキリとする。
香瑠
香瑠
もう彼女がいない世界は考えられない
松風アズサ
松風アズサ
香瑠……
香瑠
香瑠
俺が魔王になった暁には、
彼女を妻として城に迎え入れる予定です
松風アズサ
松風アズサ
待って、
そ、そうなの?
香瑠
香瑠
なんだ、そのつもりで来たんじゃないのか
松風アズサ
松風アズサ
私が迎えに来たつもりだったんだけど
魔王
ふん。魔王になった暁には、だと?
まだ未熟者のくせに、ふざけたこと言う
香瑠
香瑠
俺は本気です
 香瑠の赤い目が、じっと魔王を見据える。

 しばらくの沈黙。
 表情の見えない魔王が、何を考えているのかまったくわからない。

 唾を飲むことさえためらわれた静寂を、魔王の一声が打ち破った。
魔王
よかろう。
では、父が貴様とそこの娘に祝福をくれてやる!
 魔王はそう言うと、身を低くして構えを取った。
 次の瞬間、魔王が手刀で空気を切り裂くと――

 空間が避け、何もないはずのそこにブラックホールのような黒い渦が現れた。
松風アズサ
松風アズサ
なにこれ!?
って、うわあああ!
香瑠
香瑠
アズサ、手を離すな!
 警戒する間もなく、とんでもない力でブラックホールに引き込まれる。
 
 あっという間に体が真っ暗な闇に飲まれていく。
 どこからか声が聞こえてくる。
魔王
ここから出ることができれば認めてやってもいい。
まあ、無理だろうがな
 嘲るような笑い声を聞きながら、アズサは意識を手放したのだった。


<続く……>

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