「もう、蜜ったら……そんなに泣かないで。あたしなら大丈夫。
……分かった、じゃ、毎日メールしてあげる。
二年なんてあっという間だよ、すぐ帰ってくるから。
ほら、笑って。--ふふ、やっぱり。笑った顔の蜜が一番かわいい。
……それじゃあ、行って来るね」
身も世もなくしゃくり上げる私を置いて、五条さんを乗せた飛行機は遠くフィリピンの地まで飛んだ。
今でもあの飛行機雲が憎くて仕方ないのは、何度も裏切られた私の、強欲なエゴに過ぎない。
私は文学部の二年生。
五条さんは法学部で、ひとつ上の先輩だった。
まるで接点のない私たちが出会ったのは、大学のイベントサークル。
とは言っても出会い目的のそれではなくて、純然たる暇を持て余した天才たちのためのサークルだった。
そんなサークルの創設者、ひときわ目を引く真っ白な美人が、五条さんだ。
フレンドリーで、サービス精神旺盛で、センスが良くて、分不相応にパワフルで。
あんなに細くてか弱いのに、困っている人を放っておけなくて。
助っ人も幹事もお手のもので、毎日あちこち駆け回ってた。
人助けが好きだった。
飲めない酒を飲んでは飲まれて、当たり前みたいに私の家に運ばれてきた。
そして、まるで酔っ払いの戯れ言みたいに、「いつか青年海外協力隊に行く」って言って聞かなくて。
……なんて、まさか本当に行くなんて思ってなかったけれど。
夜行バスの車中でも、空港の土産物屋でも、五条さんは足の遅い私を気にせずどんどん先に進んでいった。
ああ、結局あのひと、一度も振り返ってくれなかったっけ。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!