第2話

(👓)我慢
86
2020/06/02 10:44
嗅ぎ覚えのあるたばこの匂いと聞き覚えのある声で

「俺はお前のことが好きだ」

と言われる。

「何それ?」

と俺は笑う。何人の女性にそう言ったのだろう。彼にとっては物凄く手軽な一言かもしれない。
けど俺はお前からそう言ってもらえることをずっと待ってた。
優しくそいつに抱きしめられる。
泣きたくなるほど嬉しくて、幸せな気持ちに包まれる。

ふと目を覚ます。時刻は午前1時を少しすぎた頃。
夢か。と俺は苦笑いをした。

――――――――――
俺の好きな人が失恋した。
もう何度目なんだろう。呆れる。
いつも落ち込んだ声でお前ん家行ってもいいかと言われるもんだから、いいと言うしかない。
しかも俺は何かの理由で彼が俺の家に来ることを待っている。特に別れる理由で。
悔しい。俺は俺の好きな人が幸せになることを願えない。俺らが付き合えるわけなんかないのに。彼は友達だ。これからもずっと。この感情を抑えていかなくてはならない。
ねぎりょー。
ねぎりょー。
なんでお前なんだよ·····
自分のどうしようもない感情を口に出す。
少しも気持ちが楽にならない。俺がもちのことが好きだなんて、誰に相談できるものか。
こんな時、彼のようにたばこを吸えたらどんなに楽だろう。

そろそろ彼が来る。
きっと今日はビールを沢山飲むだろう。
冷蔵庫にありったけ缶ビールを冷やしておいた。今日の彼をなぐさめることが出来るのは友達の俺しかいない。俺はあいつの友達だ。
自分のことを洗脳するかのように何度も心の中で唱えた。

ガチャ。

もちが来た。俺はすぐに笑って、暗く落ち込んでいるもちを明るくリカバリーする。俺の本当の感情を読み取られないように。

1:1で作ったハイボールを俺は一気飲みする。彼は心配するように微笑んで、彼もまたビールを一気飲みする。
ねぎりょー。
ねぎりょー。
今日かなり精神に来てるんだな。
もち
もち
他に好きな人がいるって·····
こんなに連続で言われて別れを告げられたから困ったよ
彼は苦笑いをする。
そう。彼は最近いつもそう言われて彼女と別れていた。俺はこのとおりかなり彼の恋愛事情を聞いている。それでも彼に他に好きな人がいるとは思えない。彼はそう簡単に浮気するような男ではない。

そして、その言葉でもうひとつのことが頭によぎる。
もしかしてその「他に好きな人」が俺なんじゃないかって。ありえないことは分かっている。けれどどこかでそうなんじゃないかって考えてしまう俺がいる。

しばらく飲んだ後、俺は不意にこんなことを聞いた。
ねぎりょー。
ねぎりょー。
お前ってなんでそんなに女と付き合うことにこだわってるの?
こんなにも常に女性を必要としている理由が俺には分からなかった。ただ、単純にそう思い、聞いただけだ。
もち
もち
·····
彼は驚いたように、そして物凄く複雑な顔で黙り込んだ。そんなにまずいことでも聞いただろうか。軽く笑いながら返事することだと思ったのに。
もち
もち
それって、どういう意味?
ねぎりょー。
ねぎりょー。
いや、別に。
俺ビールとってくるね
そう言って席を立った。
物事をかなり楽観的に見る彼が、気難しい顔をしているのが見るに絶えなかった。
俺には分からない感情で、彼は常に女性を欲している。それだけだ。俺が踏み込む話ではない。
もち
もち
もし俺が、ねぎのこと好きだって言ったらどうする?
冷蔵庫前に立っていた俺を彼は優しくバックハグをした。
ねぎりょー。
ねぎりょー。
·····え?
彼は酒に弱い。ただ酔っ払っているだけだ。
きっと明日にはもう記憶にない。
けれど俺の心拍数はひたすら上がる。
落ち着け、俺。ただの友達の冗談だ。
ねぎりょー。
ねぎりょー。
やめろって
不本意に俺は彼を突き飛ばしてしまった。
彼は驚いた顔でこちらを見つめる。
ねぎりょー。
ねぎりょー。
あ·····。
しばらく無音が続いた。
すると彼は急に立ち上がって
もち
もち
エヴァに餌やるの忘れてたわ。
ごめん。帰るわ。
そう言って少しふらついた足元で彼は俺の家を出ていった。
ねぎりょー。
ねぎりょー。
何やってんだ俺·····
1人でソファに座って、またハイボールを一気飲みした。