第17話

正直でいること
65
2021/08/06 13:34





自分でも自分の感情を持て余して、菜花に会えなくなった。



素直に菜花の仕事の成功を祝えない。
ちらほら耳に入る、菜花への賞賛を聞くと、どういうわけか傷付いた。


嬉しくて、誇らしいはずなのに。


菜花なら、パチンコ屋のイベントじゃなくて、アニメのイベントじゃなくて、紫さんみたいにファッションショーだってやれるよ、って思ってたのに。
なんでみんな、菜花に気が付かないの、って思ってたのに。

いざ、注目されだすと、面白くないって何なんだろう。
私ってすごく嫌な女だ。
自己嫌悪で消えたくなる。


イライラした気持ちで、三軒茶屋のショットバーに行った。
独りでいたくない気分だったから、クラブでも行って踊って、いい子がいたら遊んじゃおうか、なんて思いながらソルティードッグを頼む。
ううん、だめ。
昔と違って、今は奔放なセックスなんか楽しめない。
だいち、いつどこで誰が見てて、SNSにあげられるか、わかんない。
VAN VANと専属契約結ぶ時に、そこは何度も厳重注意を受けていた。

はあ、っておっきなため息ついてたら、目の前に男が立った。


「よぅ!」


マモルだった。


「どうしたの?
この前もいたけど、新宿から、河岸(かし)変えたの?」


「いーや、最近たまたまこの辺の子と仲良しだから、さ(笑)
それよりそっちは何よ?
しょぼくれちゃってっけど、好きな子とやっぱうまくいかないの?」


私は首を振った。


「あんたのおかげで、そっちはうまくいくようになったよ、ありがとね。
今は私の中の問題、かな」


「言ってみ?」


「大好きな子の仕事がうまくいきそうになったら、モヤモヤしちゃって、祝福できないの」


マモルは吹き出して笑った。
むかつく!
なんで笑うのよ!


「姫はしょうがないなあ。
自分が1番注目されて愛されてなきゃ気が済まないんだね」


「……そういうこと?」


「そうでしょ。
だから俺とも別れたんじゃん?
あんなにアッチの相性良かったのにさ」


「それはそれだけじゃないけど……私って嫌な女だね」


「いや、普通でしょ」


普通って言葉に殴られた気がした。

私は自分を特別なものだって思ってたけど、そっか、普通なんだ。


「友達の成功が妬ましいなんて、普通でしょ。
明らかに敵わないぐらい差がついて初めて、あんなスゴイ人と知り合いの自分ってスッゴーイ、ってなるんよ。
それまでは、自分の方が優れてるのになんで、ってモヤつく。
でも俺に言わせりゃ、モヤついた時点でもう負け確定なんだよな」


私は、マモルの端正な顔を見つめてしまった。
こいつ、ほんとに、顔も頭も悪くないのになぁ、女好きさえなけりゃいい男なのに。
女好き、というより、来るもの一切拒まないポリシーなのか?
そのせいで何度か性病、感染ったのも、私は知ってる。
いくら治ったって言われても、とんでもない。



私は手の中のソルティードッグに口をつけ、携帯を取り出してLINEを開く。


『テレビ出たよー。
放映は……』


菜花からLINEが来てた。
送ってもらったスケジュールで、あさってがオフなのはわかってた。


『あさって休みでしょ?
明日の夜から遊ぼ?』


ってメッセージを入れる。
ちょっと考えて、


『テレビの話も聞かせてね』


って追加して閉じる。


「仲直ったの?」


ってマモルが聞いてくるから、


「別にケンカしてたわけじゃないし。
彼女と私は立ってるフィールドも違うから、ライバルでもない。
私が勝手に、注目を浴びる彼女をうらやんだだけ。
あんたが言う通り、私は、自分だけが世界の真ん中にいたいから」


マモルは、優しいまなざしで私の頭を撫でた。


「誰だって、自分の人生の中では自分が主役でいたいよ、当たり前じゃん。
10人いたら10通りの人生があるんだし」


…いい人だ。
まるでお兄ちゃんみたいに優しい。
恋人でいたら、この人のこんないい所に気付けなかった。
欲とプライドと、自分かわいさが優って、相手を悪者にしないでいられなかった。


恋人以上、って、こういうことなのかな?
性的な関係を超えた先にある、限りなく家族に近いもの。
それは、私と戦う事が無く、お互いに相手を悪者にする事もない。
存在を認めて応援し合えて、弱ってる時には励まし合える。

でもそれには、カッコなんかつけてる場合じゃなくて、素直に正直にならなくちゃ。
明日会えたら、うらやましいな、いいなーって言おう。


私は飲みかけのソルティードッグを飲み干して、立ち上がる。


「じゃ、私行くけど」


「おう(笑)」


「あんたもいいかげんにしなさいよ?
いつまでも、ふたまた、みまたやってると、いつか刺されるから」


「えー、心外だなー。
俺はいつだって相手はひとりだよ?
神様はひとりに1本しか大事なもの持たせてくれてないんだから、常に、相手はひとりって決まってる」


私は笑って手を振った。








プリ小説オーディオドラマ