第12話

ハンガー
66
2021/07/15 10:56





月初に事務所に行く。
スケジュール確認の為だ。

給与明細と、月内スケジュールは、経理課に置いてあるパソコンで自分で出すシステム。
ただしスケジュールは刻一刻と変わるから、月初で把握できるものが全てじゃあない。


私のスケジュールはほぼ変わらない。
欲しいのは菜花のスケジュールだ。
月初に入ってる予定なんてタカが知れてるけど、それでも土日のイベントなんかはわかってるものも多い。
私は心の中で鼻歌を歌いながら、こっそり入手した菜花の事務所登録IDで、菜花のページを開く。
もう何ヶ月も続けてる楽しい菜花チェック。


「え?」


平日に見たことのない文字がみっつ並んでる。

『松岡先生写真集』

何これ?
聞いてない。




嫌な予感に、ざわざわした。
菜花について知らない事がある、それだけで不安になった。


松岡って、マッさんのことよね?



知り合いの編集にさりげなく聞いてみる。


「ねー、今月のカメラ誰かなぁ?
私マッさんがいいんだけどぉ」


「あー、碧ちゃん、ごめんねえ、今月はタケさんなんだ。
マッさんは忙しいらしくてさ」


「えー、なんで忙しいの?
マッさん、他にどこの本撮ってんの?」


「雑誌はうちだけだと思ったな。
カレンダーやピンナップには早いしね」


「あれじゃん?
最近の仕事集めた写真集GPから出すって言ってたじゃん」


他の編集くんが口出してくれた。
なるほど、マッさんの仕事集か。




菜花の面倒見てる紅さんにも電話してみる。


「お久しぶりでーす、碧です。
最近、お会いしないからどうしてるかと思って……紫さんや菜花も誘ってたまにはゴハンどうですか?」


『碧ちゃん、珍しい(笑)
お誘い嬉しいけど、今、紫、イタリアのショーの準備で忙しいから無理かなぁ』


そんなこと、もちろん知ってる。


「そうなんですね、ステキですねぇ。
でもじゃあ紅さんだけでも?」


『それが……あたしもスタイリストとして付いてく事になってて……ごめんね?』


うわ、いつの間にそんな事に?


「そうだったんですね、知りませんでした。
じゃあ仕方ないから、菜花とふたりで……」


『なのちゃんも、写真集で忙しいんでしょ?
この前、どこまで脱ぐべきかって相談されたから、ショーじゃ、みんな全裸で次々着替えてるよ、って言ったんだけど』


内心ぎゃーって叫ぶ。


「そうなんですか?」


『あたしたちモデルは、服を吊るすハンガーだからね。
下手に下着付けてるとみっともない線が出ちゃうし』


あとの話はもう頭に入らない。
適当に相槌打って、またお話し聞かせてくださいねって言ってにこやかに電話を切る。




マッさんったら!

ふつふつと怒りがこみあげた。


菜花はグラビアじゃない、って言ったのに!
脱がされてたらどうしよう?

マッさんからもらった菜花の写真を眺める。
実はすぐに待ち受けにしてたんだ。
強いまなざしがセクシーで、うっすら開いた唇から覗くピンクの舌を、今すぐ舐めたくなっちゃう。
マッさん、確かに腕はいいよ、認めるよ。
だけど、だけどさ!



なんで、ちょっと会わないでいると、その間に、話がどんどん進んじゃうの?


私は菜花にLINEを送る。


『いつなら会える?』


泣いてるスタンプも5個付ける。


『ごめん、今週は無理。
来週は、碧が撮影だよね?』


きーーーっ。

ヒステリーが起きそう。






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