マッさんの写真集が出ても、そんなにすぐに生活は変わらなかった。
ただ、売れ行きも評判も好評だとは伝え聞いて、安心する。
そりゃそうでしょ。
誰に名前も知られてないアタシが表紙なんて、畏れ多過ぎる。
写真集の中に入れてくれるだけでありがたいって思ってたから、表紙って聞いて、ほんとに驚いた。
使われた写真は、見たこともないアタシだった。
とても自分とは思えなくて、鏡を見ながらその表情を研究する。
アタシ、こんなコワイ顔してる?
言われた事を思い出して表情を消し、顔の筋肉を動かさないようにして、視線だけ動かす。
……むずっ。
もともと男顔な自覚はあった。
だから、笑顔を作る練習は毎日してたし、愛嬌も工夫した。
澄ました顔や睨んだ自分の顔が好きじゃなかったから、そんな顔しないように注意してたのに、まさかここにきて、表情を作るなって言われるとは思わなかった。
でも、中にオフショット載せてくれて、笑顔の可愛いアタシもちゃんと使ってくれてる。
嬉しい。
平凡だけど、こっち使ってくれたらいいのに、ってちょっと思う。
うっすらとだけど、身体の線がわかるのも、見た人全部に見られると思うと、かなり恥ずかしい。
でも同時にきれいなアタシを見てもらえる嬉しさもある。
だって現場でいっぱい、きれいって言ってもらったから、少なくても、汚くはないはず。
結局、写真のアタシは、リアルなアタシとはかけ離れた虚構なのかも。
モデルって、その虚構を作る素材なんだ、って思えてきた。
写真集の発売から2週間ほどして、今まで来なかった仕事が入り始める。
中でもテンションが上がったのが、マッさんと一緒に、朝の情報番組へ出演の依頼が来た事だ。
マッさんて、ただの(ほんと失礼)小太りのファッションカメラマンかと思ってたら、けっこう名のある人だったのね。
初めてのテレビ収録は、緊張して、口から胃が出てきそう。
細身の服着てきてって言われたから、ストライプのシャツと、グリーンのロングタイト着てった。
内心、碧と一緒、とかって思ったんだけど、番組のスタイリストさんが、脚出しましょうって言って黒のミニに変更させられた。
アンクレット代わりに銀色の細いチェーンを何重にも足首に巻かれる。
焦ってドキドキしてたら、黙ってマッさんの隣に座ってる役だよって言われてようやく安心する。
空間を飾るお花の役ならいつもと同じ。
なのに、テレビのリポーターさんが、アタシにまで、「撮影は大変でしたか?」って、話を振ってくるから、つい、
「私より周りのスタッフさんが大変だったと思います。
私は、松岡さんの指示通りにしてただけなので」
って、ニコニコと言ってしまったから、
「お写真とずいぶん印象違いますねー」って言われて、ついえへへって笑ってしまう。
マッさんが、すかさず私に向かって、
「あの、赤いランプ付いてるカメラ見て、顔のチカラ抜いて。
視線だけゆっくり下から上げて」
って言うから、条件反射で言う通りにしたら、周りからおおーってどよめきが出た。
「彼女はこういう風に変幻するんですよね。
しゃべってると普通の女の子なのに、面白いですよね」
それからは、マッさんは、被写体になるものの話、使ってるカメラの話などを穏やかに続けた。
アタシは、わけもわからず、マッさんの隣でただ静かにしてた。
その辺りから、仕事が増え始めた。
碧との、1週間に1度、の約束が守れなくなっていく。
LINE入れても、碧もすぐ返事して来ない。
『会いたいな』
って言っても、しばらく既読が付かなくて、碧が今何をして、何を感じて、何を考えてるのか、わからなくなっていく。
アタシは、自分で自分に触れてみるようになった。
明確な気持ち良さはあるけど、満たされはしない。
『今忙しいの?
会いたいから、スケジュール教えてよ?』
って、再度LINEしたら、
『そっちのスケジュール教えて』
って返事。
んん?
アタシはスケジュールをスクショして返信する。
『明日連絡するね、おやすみ』
って返ってきたから、嬉しくなって、
『おやすみぃー、ちゅーっ』
って返す。
恥ずかしっ。
でも、会う約束ができるのはやっぱり嬉しいんだよ?
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。
登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。