薄い半透明な白っぽい布。
体を覆うほど長い、そんな布でできた衣装をまとって撮影は進められた。
全裸では無いけど、透け感があるから、体が見える。
ファインダーを覗いたマッさんに、下着取ってくれる?って言われて、その場は、え、って抵抗した。
でも、休憩時間に先輩の紅さんに相談したら、ヘアヌードだったら断るけど、写真集の表紙なら自分は断らない、って言われる。
確かに撮られた画像見せられて、透けた衣装に下着が写り込んでるのは、かえっていやらしかった。
「キミは妖精の女王なんだよ。
それが、こんな風に俗物っぽく映ったらつまんないと思うんだな。
ヌードそのものじゃないし、脚開く必要も、おっぱい強調する必要もないから」
決心は必要だったけど、アタシは、マッさんを信じて脱いだ。
「髪だけ逆立てたいんだけど、どうしたらいいかな」
「風作ったらどうすか?」
「それだと衣装が体に張り付くでしょ。
僕ねえ、髪だけ浮かせたいんだよね、衣装は雲や、霧みたいに体にまとわせたままで」
スタッフさんたちと打ち合わせは続く。
そうして撮影は外に移動する。
衣装は、何の素材でできているのか、ものすごく軽くて、体の周りを簡単に泳ぐから、体が露わになりそうで怖い。
スタッフさんが、コートを着せてくれる。
風も、鉄棒にぶらさがるのも、色々試した。
試した中で、クレーンで空中に釣られたスタッフさんがアタシの髪を持ち上げ、影が出ないようにライトをセットした上で手を離す、という方法が取られた。
衣装は、自然の風にたなびき、髪は重力に従って落ちてくる。
これなら、マッさん得意の連写で、髪が逆立ったように見せられなくもない。
問題は、アタシの表情だった。
「顔に力入れないで」
って注文が難しい。
カメラが、アタシの前後左右に動き、目線だけを要求する。
何度も何度も。
その時偶然鳥が、落とされて広がった髪をかすめてアタシの前を横ぎった。
アタシは驚いて思い切り顔を動かしてしまう。
視線も飛び去る鳥を追ってしまった。
撮影が終わったのは午後3時。
ようやく着衣を許されてホッとする。
スタジオに戻って、用意されたお弁当と温かいお茶をいただいた。
「お疲れ様」
って、マッさんがにこやかに声をかけてくる。
手には数枚の紙。
「だいぶいいのが撮れたよ、期待してね?」
記念にあげる、って渡された紙はオフショット。
衣装から透ける痩せた体が、露わでなくても、乳首や下腹部の茂みをうかがわせるから、より恥ずかしく思えて顔が熱くなった。
これを、あんなに多勢に晒してたんだと思うと、なんだかいたたまれない。
「あの、今更ですけど、なんでアタシなんですかね、碧さんとかじゃなくて?」
マッさんは、眉を上げてみせた。
「おいおい、その質問にはガッカリだなぁ。
なに、僕に、碧ちゃんのダメなとこ言わせたいの?」
思いがけない返しにアタシはあわてる。
「じゃなくて、アタシ、自信がなくて……」
「じゃあ、こんな仕事とっとと辞めた方がいいかもな。
今回の仕事で、きみには否応なく注目が集まるし、新しい仕事も来ると思うよ。
だけどその分、今よりもっと、自分を晒していかなきゃならない。
泣くのも笑うのも、綺麗なとこも汚いとこも、多勢に晒して見せてくのがキミの仕事なんだから」
口調は優しかった。
「きみの大好きな碧ちゃんは、少女、というか、若い女性であることを売ってる。
だけどあと2年もしてごらん?
今のままじゃもう売れない。
彼女は、恋愛して結婚して子供を産んで、SNSを動かしていくしか、もう先がないでしょ。
VAN VAN 元専属モデルなんて、幸せか不幸かしかもう売るものはないよ。
きれいで可愛い女の子なんか、掃いて捨てるほどいるんだからさ」
考えた事もなかったけど、マッさんの指摘はもっともだった。
マッさんは、アタシの手を取って、両手で握り、そっと手の甲を撫でる。
「そしてキミは?
妖精の女王は、簡単に年は取らない。
あと10年、いや、15年?
自分を磨き続ける厳しい道になるだろうけど、何にでもなっていけるだろうよ」
マッさんはアタシの手を離し、
「わかったら、もう2度と、使ってくれる人に、どうして私なんかを、なんてバカな質問をしちゃダメだ。
わかったかい?」
アタシは黙ってうなずいた。
卑屈な自分が恥ずかしかった。
「そんでさー、写真集やカレンダーを作るようになったら、そん時は僕をカメラマンに使ってくれると嬉しいな」
「きっとそうします」
アタシたちは、穏やかに笑い合った。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。
登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。