第13話

見られる仕事
71
2021/07/23 02:01





薄い半透明な白っぽい布。

体を覆うほど長い、そんな布でできた衣装をまとって撮影は進められた。


全裸では無いけど、透け感があるから、体が見える。
ファインダーを覗いたマッさんに、下着取ってくれる?って言われて、その場は、え、って抵抗した。
でも、休憩時間に先輩の紅さんに相談したら、ヘアヌードだったら断るけど、写真集の表紙なら自分は断らない、って言われる。
確かに撮られた画像見せられて、透けた衣装に下着が写り込んでるのは、かえっていやらしかった。


「キミは妖精の女王なんだよ。
それが、こんな風に俗物っぽく映ったらつまんないと思うんだな。
ヌードそのものじゃないし、脚開く必要も、おっぱい強調する必要もないから」


決心は必要だったけど、アタシは、マッさんを信じて脱いだ。


「髪だけ逆立てたいんだけど、どうしたらいいかな」


「風作ったらどうすか?」


「それだと衣装が体に張り付くでしょ。
僕ねえ、髪だけ浮かせたいんだよね、衣装は雲や、霧みたいに体にまとわせたままで」


スタッフさんたちと打ち合わせは続く。
そうして撮影は外に移動する。


衣装は、何の素材でできているのか、ものすごく軽くて、体の周りを簡単に泳ぐから、体が露わになりそうで怖い。
スタッフさんが、コートを着せてくれる。


風も、鉄棒にぶらさがるのも、色々試した。
試した中で、クレーンで空中に釣られたスタッフさんがアタシの髪を持ち上げ、影が出ないようにライトをセットした上で手を離す、という方法が取られた。
衣装は、自然の風にたなびき、髪は重力に従って落ちてくる。
これなら、マッさん得意の連写で、髪が逆立ったように見せられなくもない。


問題は、アタシの表情だった。


「顔に力入れないで」


って注文が難しい。

カメラが、アタシの前後左右に動き、目線だけを要求する。
何度も何度も。

その時偶然鳥が、落とされて広がった髪をかすめてアタシの前を横ぎった。
アタシは驚いて思い切り顔を動かしてしまう。
視線も飛び去る鳥を追ってしまった。




撮影が終わったのは午後3時。
ようやく着衣を許されてホッとする。
スタジオに戻って、用意されたお弁当と温かいお茶をいただいた。


「お疲れ様」


って、マッさんがにこやかに声をかけてくる。
手には数枚の紙。


「だいぶいいのが撮れたよ、期待してね?」


記念にあげる、って渡された紙はオフショット。
衣装から透ける痩せた体が、露わでなくても、乳首や下腹部の茂みをうかがわせるから、より恥ずかしく思えて顔が熱くなった。
これを、あんなに多勢に晒してたんだと思うと、なんだかいたたまれない。


「あの、今更ですけど、なんでアタシなんですかね、碧さんとかじゃなくて?」


マッさんは、眉を上げてみせた。


「おいおい、その質問にはガッカリだなぁ。
なに、僕に、碧ちゃんのダメなとこ言わせたいの?」


思いがけない返しにアタシはあわてる。


「じゃなくて、アタシ、自信がなくて……」


「じゃあ、こんな仕事とっとと辞めた方がいいかもな。
今回の仕事で、きみには否応なく注目が集まるし、新しい仕事も来ると思うよ。
だけどその分、今よりもっと、自分を晒していかなきゃならない。
泣くのも笑うのも、綺麗なとこも汚いとこも、多勢に晒して見せてくのがキミの仕事なんだから」


口調は優しかった。


「きみの大好きな碧ちゃんは、少女、というか、若い女性であることを売ってる。
だけどあと2年もしてごらん?
今のままじゃもう売れない。
彼女は、恋愛して結婚して子供を産んで、SNSを動かしていくしか、もう先がないでしょ。
VAN VAN 元専属モデルなんて、幸せか不幸かしかもう売るものはないよ。
きれいで可愛い女の子なんか、掃いて捨てるほどいるんだからさ」


考えた事もなかったけど、マッさんの指摘はもっともだった。
マッさんは、アタシの手を取って、両手で握り、そっと手の甲を撫でる。


「そしてキミは?
妖精の女王は、簡単に年は取らない。
あと10年、いや、15年?
自分を磨き続ける厳しい道になるだろうけど、何にでもなっていけるだろうよ」


マッさんはアタシの手を離し、


「わかったら、もう2度と、使ってくれる人に、どうして私なんかを、なんてバカな質問をしちゃダメだ。
わかったかい?」


アタシは黙ってうなずいた。
卑屈な自分が恥ずかしかった。


「そんでさー、写真集やカレンダーを作るようになったら、そん時は僕をカメラマンに使ってくれると嬉しいな」


「きっとそうします」


アタシたちは、穏やかに笑い合った。










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