『ごめん。今日は遅くなるね』
その短文だけ打ってデスクのパソコンに目を移した。時刻は22:00を回ったころ。普段なら20:00前に帰れるのに今日は上手くいかない。アトルーク連載への準備、タイアップ、そして連載中のコラム。これらを1人で背負うには重すぎたのかもしれない。
日中は周りの目が気になって仕方ない。だから誤字脱字が多くなってしまい、コラムを書くどころの話ではなかった。連載への準備は出来たもののタイアップ連絡は昼間にしなければならないし…ゆりに言う前だったらパパっと終わる仕事も一日中かけても終わらなくなってしまった。
ブルーライトカットの眼鏡でも買っとけばよかったなと友香は思った。パソコン作業は得意な方だから時間はあまりかからなかった。目が疲れるほどパソコンと向かっていることなんてなかったし。
ピコン!
携帯電話の通知音が鳴ってバナーなロック画面に記される。
『うん、分かった。でも無理しないでね。家は母さんが来てるから大丈夫だよ』
頭を机に置こうとしたがキーボードで頭をぶつけた。傷んだそこを撫でて考える。
ゆうくんなんか変なこと言ってないかなと思いながら早く仕事を終わらせることに集中した。何か変なことを言わされる前に、帰った方がいい。
目を軽く休ませ資料に目を落とすと友香の視界に入ってくる。左手の薬指にはめられた結婚指輪。
──懐かしい、1年前か。
プロポーズされてみんなと同じように挨拶に行って、普通に結婚できると思っていた。普通に家庭を築いて、子供が出来て。どちらの家族とも仲良くて、幸せな日々。
2年ってこんなに長かったっけ。家事、仕事。これを精一杯やらないといけないから今は子供はいい。そう2人で決めたのに、家に帰るとどこか寂しい。
ちゃんとすると決めたのに時々心の中で「あぁ、なんでこんな人と結婚したんだろう」と思ってしまう。勘違いではない、それにあと1年頑張ればいい話。
でも365日、…いや730日はとても長くて時々道を見失いそうになる。ゆりに伝えるのは早すぎたかな。私は少し心の中で後悔した。
オフィスで小さく、キーボードを叩く音が空気を揺らしていった。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。