第7話

焦燥
77
2021/02/23 07:24
何か嫌な声が聞こえてきた気がする。
『か』から始まって『ん』で終わる、そんな奴の声がする。
…無視だ無視。
きっと疲れているんだ。
川原 蓮(かわはら れん)
ん、お、おい、蓮見…だよな…?
あ、このタルト、苺ムースになってるんだ。
わ、生クリームふわふわ、いやこれはもうふぁわふぁわではないのか。
そういえば今席を外している美緒のとったチョコミルフィーユも美味しそうだ。
後で取りに行こう。
川原 蓮(かわはら れん)
なんで無視するんだよ!
なんと、疲れていたわけではなかったようだ。
沈む気持ちを甘い宝石で無理やりにでも上げて振り向いた。
蓮見 かこ(はすみ かこ)
ごめんごめん、ケーキに夢中になってた
精一杯の笑みを作れば安心したように笑った元同級生の顔。
ほんと、ついてない。
蓮見 かこ(はすみ かこ)
てかなんでこんなとこに?
蓮見 かこ(はすみ かこ)
川原って甘いもの好きだったけ?
川原の好きなものを覚えているという事実が、私が川原を好きだという事実に結びつく。
私の脳までもが敵に回り出したか。ちくしょう。
川原 蓮(かわはら れん)
ん?あぁ、同僚が行きたいって聞かなくてな
ほんと、最近の女こえ〜、と付け加える川原。
その怖い女がここにはたくさんいるんだけど。
まあそんな失言も顔で全てカバーしてしまうから恐ろしい。
そして、川原が先程の発言とともに指さした方向を見ると如何にもお姫様、なんて肩書きが似合う女性がお皿片手にケーキを眺めたていた。
服装からしてもきっとデート気分な気がする。
一応ではあるが、私も恋する乙女なのだ。
もちろん分かるに決まっている。
蓮見 かこ(はすみ かこ)
なるほど、じゃあそろそろ戻ってあげなよ、川原居ないと絶対つまんないでしょ
嫉妬。そんなことは分かっている。
川原 蓮(かわはら れん)
ほんと、ドライだよな
うるさい。分からないくせに。
蓮見 かこ(はすみ かこ)
違うから、じゃあね
今度こそ。さようなら。
泣きそうな顔に下唇を噛むことで耐える。
最後、笑って手を振り、川原を送り出す。
川原 蓮(かわはら れん)
…あ!そうそう、連絡先。
この前交換できなかったよな?しよ?
ほんと、神様はずるくて意地悪だと思う。
どうしてこんな大の男に首を傾げさせるのだ。
蓮見 かこ(はすみ かこ)
…いいよ
そして私も、ダメだと、分かっているのに。
私は私に甘い。
あの同僚の子はきっと川原が好きなんだ。
ちゃんとお似合いの子がいるのに。
川原の優しさに漬け込んで。













自分が憎い。

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