今日、朝起きたら朔が風邪引いてて。だからボクが買い物に行くんだけど…
前途多難。
早速迷いそう!!やばいよ!!どうするんだよマジで、朔いなかったらボク何も出来ないんだぞ…!?カッコつけて何とかなる問題じゃないぞ!?
うう、何回も確認したのに…やっぱり分からない。
前に朔と行ったときは近場だったから大丈夫だと思ったのに…ここらへんのはずなのにぃ…
誰かに道を聞くとか…?
いやいやいやいや無理!!無理無理無理!!
出来るわけない!!
思わず空を見上げる。気分は泣きそうだよ、まったく。
とりあえず、朔と一緒にスーパー行ったときの道のりを思い出してみよう。
うーん分からないけど、歩かないことには始まらないから行ってみよう…
怖いなぁ、迷って帰れなくなったらどうしよう!?一応この辺りは朔と一緒に結構散歩したんだけどなぁ…経験が何も生きていないぞ…
希望の光が見えてきたぞ…!!
行ける、行ける気がしてきた!!良いぞボクの頭!!
記憶と謎の自信を頼りに歩き進めていくと、難関の分かれ道にたどり着いた。
よし、ボクの頭。まずはここまで来れた。いったん褒めよう、よしよし。(褒めて伸ばすの大事だって朔が言ってた)
さあ次だ!!この分かれ道はどっちだ!?
東京の複雑な人混みは何も教えてはくれないぞ!?頑張ってくれ!!
うじうじ道の真ん中で悩んでいると、向こうから歩いてくるスマホを見ながら歩いてるおじさんにぶつかって、舌打ちされる。
何だよアイツ。ボクが悩んでることぐらい察してくれたっていいのに。
ああでも、朔ならきっと謝るんだろうな。前に同じことがあったし。
ボクが「何で謝ったの?」って聞いてみたら、「立ち止まって歩く人の邪魔になったからだよ」って朔が言ってた。
朔はハッキリとは言わないけど、ボクの考え方を「自己中心的」って言うんだろ?ニュースで言ってたよ。
猫だったときは、ボクが王様みたいだったからな。全部やってもらって、それなのに愛してもらう。まあ飼い猫のなかでも、飼い主にこんなに愛されて良くしてもらえるのは少数らしいけど。
人間になった以上、前みたいにはいかないのは当たり前だよね。
何でもしてもらって、察してもらう。そんなわけにはいかないんだ。
でもさ、猫だった頃のボクに比べたらそうじゃないけど人間だって自己中心的だよね?
ニュースでやるぐらいだし。
ボクだってあのおじさんだって、自分のことカワイイよね。
ああ、またそんなこと言っちゃって。ワガママなボク。
帰ったら朔に相談しよう。朔、ボクがこんなこと言ったらどんな顔するかな。
…嬉しいのかな。ボクが前みたいな、王様気取りじゃないって気づいたら。
もしかして、朔はまだボクを猫の時と同じ目で見てる?守って、愛して、何でもしてあげるのが当たり前?
そんなの今じゃ違うのに。確かにボクは今でもご飯を用意してもらってるし、タダで食べて住まわせてもらってるけど…
前と違って何も出来ない訳じゃない。何かしてあげられることあるはずなのに。
そっか、とりあえず今は難しいこと考える前に、この買い物を完璧に成功させればいいんだ。
そしたらちょっとは役に立てたことにならないかな?
それは朔が決めることだけど、でもきっと朔はボクのことを認めてくれる。
きっと大丈夫。
いや、絶対大丈夫だ。この買い物というミッションを成功させて、ボクも朔の隣にいるだけの価値があるって認めさせてやるんだからな。
ボクはちょっぴり不安だけど自分を奮い立たせて、道を歩く。
合ってるのか怪しいけど、大丈夫合ってる。
大きい建物が見えてきたぞ!
よかった、道合ってた……って、んん??
マジかぁ、合ってると思ったのに…
記憶にある道だったし、これはもう行けたでしょって思ってたら服屋だったし…最悪…
いやもう本当に前途多難。
大丈夫かこれ??目標が定まったところなのに不安すぎるんだが??
とりあえず、さっきの分かれ道まで戻ってきた。
今度は大丈夫、右に行けばいいんだもん。
…あ!見えてきた!!
第一段階クリアーー!!
よっしゃぁあ!!スーパー到着!!
_って、違う違う。ここで終わりじゃないんだよ!
ここからが本番、最重要ミッション「お買い物」…!!
ボクはつばを飲んで、買い物カゴとカートを取って店内に入る。
うわ、人多くない?店内こんな広いんだっけ?商品見つけられるかなぁ…
って、不安になっちゃダメだ。頑張らなきゃ。
右のズボンのポケットに、買い物メモがあったはず…よし、これだ。
ニンニクもいるんだった、と呟きながら、まずは野菜売り場に向かおうかな。
野菜コーナー、広いからすぐ見つかったけど商品も多いな…ううむ…
独り言をぶつぶつ呟いていたら、隣で物色していたおばさんに声をかけられた。
なんだこの人、すごいグイグイ来る…
でも教えてもらえるのは助かるなぁ。ひとまず指示に従って見ようかな?
ちょっと自己中心的…だったかな?
さすがに初対面でマナー違反かな。
ボクは首を振りながらおばさんに付いていって、教えてもらったものをカゴに入れながら合間のお喋りに付き合う。
こういうのも人間だから出来るんだろな。
なんかこういうの、良いな。楽しい。
今までは人間は朔しか会ったことないしちょっとだけ怖かったけど…ボクも人間として生きて、いろんな人と関わっても楽しいかもしれないな。
そんなことを考えてたら、ほとんど売り場を回りきっていた。気づいたら、お肉だけじゃなくて他の材料も、さらには買いたいもの全部教えてもらっていた。
ボクは頭を下げて、陽気なおばさんを見送る。
親切な人だったなぁ。人間ってそんなに怖くないんだな。
ボクは胸の奥がちょっと温かくなるのを感じながらレジに向かう。
慣れない手つきでお金を支払って、持ってきたバッグの中に買ったものを入れる。
はぁ、と一息ついて、ミッションが一段落したことを噛み締める。
なんだ、ちゃんと出来るじゃん。ボクだって買い物ぐらい出来るんだ。
ああ、嬉しい!
早く帰って朔に鍋を食べさせてあげたい。
もっとしんどくなってないかな?悪化してないよね。不安だな、早めに帰ろう。
そうだ、おばさんに勧められておかゆの材料も買ったんだった。風邪にはおかゆが良いんだって、教えてくれた。
料理はたくさん朔に教わったし、帰れれば後は大丈夫。
ボクは早足でマンションに戻って、カギで中に入る。
帰り道はさすがに迷わなかった。良くやったボクの頭。偉いぞ!!
エレベーターに乗って、早く帰りたくてボタンを連打する。
そう焦るなと言わんばかりに、ドアがゆっくり閉まってく。
ちょっとだけイライラしながらエレベーターのドアが開くのを待って、開いた瞬間廊下をダッシュして家のカギを回して玄関ドアを開ける。
つい笑顔になっちゃって、大声を出しちゃった。いけないいけない、朔は寝てるんだから。今ので起きちゃったかな…?
ボクは荷物をキッチンに置いて、朔の部屋のドアをゆっくり開ける。
ベッドですやすや寝てるものだろうと思っていたボクは、次の瞬間悲鳴をあげてしまった。
朔が、ベッドから出て床で倒れているのだ。
朔の体を乱暴に揺らして、首の後ろに腕を回して抱き抱える。
朔はぐったり目を閉じていて、首に触れている腕からはとんでもない熱が伝わってくる。
体が熱い。悪化してる。
どうしよう…
朔がうめいた。
良かった、意識はある。
朔はゆっくり虚ろに目を開ける。ボクのことはまだ分かってないのかな…?
たぶん視界がぼんやりしてるんだろうな。
とりあえず朔を床に寝かせておいて、買ったスポーツドリンクと冷え○タを持ってくる。とりあえず朔の体の至るところに冷え○タを貼りまくる。
首の後ろ、脇、太もも…とにかく太い血管があるところに貼るのよって、おばさんが言ってた。
それから、体を起こしてスポーツドリンクを飲ませなきゃ。
焦ってボトルを傾けすぎて、朔がむせてしまう。こんなに一回で飲めないか。
一口ずつ、ゆっくりゆっくり飲ませていく。
ネットには、「風邪は脱水状態が怖い」って書いてあったし。水は飲ませなきゃいけないんだよね。
時間をかけてスポーツドリンクや水を飲ませていくと、朔の顔色もだいぶ良くなった。
一段落したから、朔の体をなんとか持ち上げてベッドに運び、布団をかける。
熱で潤んだ目がこっちを見てて、安心しきってたボクは不覚にもドキッとしてしまった。
あ、良かった。ボクの軽口にも笑う余裕があるみたい。
そういえばなんで倒れてたんだよ馬鹿。
ボクは軽く朔の肩を叩く。
そんな理由で外に出ようとするなんて。そんな体で。倒れたってしょうがないよ。
スーパーで出会った親切なおばさんの話をしたら、朔はちょっと笑ってくれた。
でも、少し変な顔をしてたな。どういう感情の顔なのか、聞けなかったけど。
まあいいか。
そろそろ鍋の支度をしなきゃ。
朔を少しの間見ていたら、すぐに眠ったみたい。
寝顔はやっぱり可愛いし、綺麗。
ボクは、ベッドからはみ出てぶらさがってる朔の右手を握る。
手の繋ぎ方を変えて、こっそり調べた「恋人繋ぎ」なるものをしてみる。
…恥ずかしい。だけど、すっごく幸せな気分。
朔はまだ起きてないし。
それから…ネットで見つけた、恋人同士ですることをした。
熱い右手の甲に、そっとキスをして、朔よりも顔が赤くなったボクは急いで部屋を出た。
そのあとしばらくはソファーで悶えちゃった。
き、キスしちゃった…
ぼ、ボクも風邪引いたんだ。そうだよな。
鍋の準備を出来たのは、それからしばらく後だった。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!