ボクが人間になった日から、半年が過ぎた。
あれからすっごく忙しくて、時間があっという間に過ぎていったんだ。
まずは体の動かし方を知らなくちゃいけなかった。だから、あいつ・・・いや、朔に手伝ってもらいながら自由に動かせるように練習した。いやぁ~、人間の身体って不便だね。まずすっごく重いし、それにすぐ怪我する。ボクが前みたいに机の上から床に降りようとしたら朔がめっちゃ止めて来てさ。でも面倒くさかったからジャンプして降りたんだよ。そしたら着地がまあ酷かったんだなこれが。思いっきりこの手の指が曲がっちゃって、大変だった。めちゃくちゃ痛かったし。骨折とまではいかなかったけど、包帯巻いてたよ。朔、涙目だった。
身体が自由に動かせるようになるまでどれくらいかかったんだっけ。でも、結構時間かかったよ。猫の身体とは全然違うんだもの。片手でリンゴを持てたときは嬉しかったなぁ・・・必死に特訓したんだよ?
それと、体の動かし方を覚えるのと同時に言葉も話せるようにならなきゃいけないから沢山勉強した。ふふん、えらいだろ?
でもボクは言葉そのものは知ってるからね。あとは話すだけだったのさ。喉とか舌を使って思い通りの音を出す練習をして、朔にも喋ってもらいながら練習した。おかげで今じゃペラペラしゃべれるよ?街で喋ってても全然平気。バレやしない。
ただ一つ悲しいとすれば、猫の仲間と疎遠になっちゃったことかな。今のボクは人間の姿だからしょうがないけど、もうまりとも遊べない。屋根の上を走ることもこの身体じゃできない。まりの喋ってることは分かるし、猫のときを思い出せばまりともお喋りできるんだけどね。今のところ事情を知ってるのはまりだけなんだ。それもそうさ、こんな話誰も信じないよ。まりは理解ある猫だからね、さすがと言うべきか分かってくれたよ。
さて、と。そろそろ朔が起きてくるかな。人間になってから結構規則正しい生活をしてるんだよ?一日中寝てると、この体あんまり上手く動かなくなるからな。ちゃんと起きてやらないといけないらしい。チェッ。
ガチャ。
お、朔が起きたな。コーヒー沸かしてあげようっと。朔の好物だ。ボクにはちょっと理解できないけどね。こんな苦いものよく飲めるなあっていつも思うよ。
面白いなあ、からかうの。朔は反応が面白いからからかうのすっごく楽しい。
朔、今日は大学休みのはずだし、どこかに出かけたいなあ。
9月に入って、暑さも和らいできたし、今は結構過ごしやすいんじゃないかな。
うーんどこへ行こうかな。新しくできたカフェでも行こうかな。あ、もちろん朔のおごりなんだけどね。朔だってたくさんお金があるわけじゃないしなあ・・・あんまりお金のかからない遊びってないんだろうか。
人間になってからは朔の手料理を食べさせてもらっている。料理の腕は結構あるんじゃないかな。実際めっちゃ美味いし。
ボクが素直にそう言うと、朔はキョトンとする。いや、お金は大事でしょ。そんな間抜けな顔しなくたっていいのに。
朔はふっと優しく笑うと、ボクの頭をなでながら言った。
朔はすごく上機嫌になっている。そんなに嬉しいのかな。まあいいけど。
さて、どこ行こうか。コーヒー淹れながら考えよ・・・。
もうコーヒーを淹れるのもだいぶ慣れた。最初は熱いお湯が怖かったけど、今じゃ平気だ。
ボクだって砂糖とミルク入れたカフェオレなら美味しく飲めるし。
多めに沸かしておいたお湯、まあ足りるかな。まずはコーヒーミルでコーヒー豆を挽く。豆を挽くところから始めるんだよ、なんかかっこよくない?コーヒー豆が挽かれるときのガリガリって音結構好き。ハンドルを回すと豆が挽かれて粉になってく。粉になったら、ドリッパーにコーヒーフィルターをつけて、そこに粉を入れる。上からお湯を入れていくんだけど、最初少しだけお湯を粉にかけとく。なんかこうするとコーヒーの香りがふわってして、すごく好きなんだ。
ちゃんとしたやり方は知らないから、何となくいつも淹れてるんだけど、ポットを傾けてお湯を回しながら入れる。またコーヒーの香りがキッチンに漂って、幸せな気分になる。コーヒーの香りは大好きだ。ブラックは苦いけど・・・。
お湯を回しながら入れるのを繰り返して、そしてコーヒーができる。この手動でコーヒーを淹れるやり方をハンドドリップって言うらしい。朔が言ってた。
さて、と。コーヒーはできたからあとはミルクとグラニュー糖を入れれば完成。ボクは本当にたっぷり入れないと止めないんだ。甘党だからね。それに猫舌だから、キンキンに冷えたミルクを入れて冷たくしてる。氷も入れてアイスカフェオレにしちゃう。うん、良い感じ。
もうできていた朔の分のブラックコーヒーと、ボクのアイスカフェオレを持ってリビングの椅子に座る。グラスを置いたときに、氷がカランっと心地よい音を立てる。
まだ苦かった。朔が笑ってるけど、無視だ無視!ブラック飲める奴にボクの気持ちが分かるものか。ちょっとでも苦かったら飲めないんだよな、ボク。まあ、甘くすればいい話だから別にいいけど。
朔は苦笑いをしている。何がおかしいんだろう?別にこれぐらい普通じゃないのかな。スティックシュガー8本いれるくらいがちょうどいいでしょ。甘~くて最高。
朔、ちょっと顔が引きつってますけど?何さ、そんなに変なことあったかな?
スティックシュガー、一本4グラムだか6グラムだかあるらしいけど、7本で最大42グラム?イマイチ多いのか分かんないな。ま、ボクは甘いの好きだからこれでいいや。
もう、そんなことしなくていいのに。大丈夫だと思うけどなあ。まあそんなこと言っといてボクは人間が砂糖どれだけ摂ったらまずいかなんて知らないんだけどね。ボクにはどうでもいいかなぁ。
ボクはちょっと緊張しつつも、努めて普通にその場所を告げた。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。